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【CEDEC 2010】ゲームに込めた情熱・技術を海の向こうまで正確に伝えるために GDD/TDDを書こう

日本のデベロッパーが海外のパブリッシャーと仕事をする上で問題となるのがドキュメントの整備です。

ゲームビジネス 開発
「海外協業に役立つGDD、TDDの書き方」セッションでは、CEDEC や GDC でも度々ローカライズに関する講演を行ってきたセガの長谷川 亮一氏が、国内デベロッパーが海外パブリッシャーから直接受注開発をする上で大きな障壁となる GDD(ゲームデザインドキュメント)と TDD(テクニカルデザインドキュメント)の作成方法について講演しました。

自己紹介の後、長谷川氏は用意していた過去の GDD(112 ページもある分厚いドキュメント)を手に、TDD も 68ページになること、そしてこの GDD がニンテンドー DS 向けタイトルのものであることを明かして、「結構な量になることをご理解いただければ」と説明。

GDDのサンプル工程表のサンプル日本の典型的な企画書


次に GDD/TDD が重要になった経緯を理解するため、国内外での開発手法を取り上げて、日本国内のアジャイル "的" な型(長谷川氏はオールドスクール手法と表現)とウォーターフォール型(同、ハリウッドスタイル)について取り上げました。

まずオールドスクール手法は柔軟性が高く、試行錯誤(マイクロプロトタイピング)を繰り返してプロジェクトを進めるため、「クリエイティビティを発揮できる」、「ブラッシュアップができる」、「ブレイクスルーを生む可能性が生まれる」などのメリットがあると説き、一方ではデメリットとして「アジャイル手法を深く理解したリーダーが不可欠」、「スクラップ&ビルドの繰り返しで無駄になる部分も増える」、「製作過程が記録に残りづらい」、「ノウハウの蓄積が個人やチームベースになり会社に残らない」、そして「工期やコストの見積もりを(旧来のやりかただと)担当者のカンや経験に頼るところがあり、当初の見積もりを超えてしまうことがある」といった点を挙げ、特に最後に挙げたデメリットについて「現在の海外のパブリッシャーは甘い見積もりを非常に嫌がる」と述べて、問題を提起しました。

次に、現在北米の大規模タイトルの開発方式としてハリウッドスタイル(ウォーターフォール型)を紹介。

ウォーターフォール型のメリットには「納期とコストが見通しやすい」、「スタッフがプロジェクトの全体像を把握しやすい」、「各パートが必要な作業を認識、処理しやすい」ことがあり、アセットのフォーマット統一と規格化を進めることで、(末端では)一定以上のスキルやクリエイティビティを必要としないようになり、スタッフの入れ替えに柔軟に対応できるなることを説明しました。

たとえばフランスだと、必要に応じてアート関係の作業に学生がアルバイトのように参加することがあり、そういった学生は各社を回りながらアルバイトを続けるのだとか。長谷川氏はこれも「フォーマットが決まっていて、ドキュメントを読めば参加できる」からこそ可能なのだと話し、この手法を「ある意味では、巨大なツクール」で、「ある程度エンジンが決まっていて、そこに各種素材を放り込んでいく」手法と表現。

この手法のデメリットとしては「企画からはみ出すことができない」、「ツクールの外側にあることはできない」、「柔軟性に欠ける」といった制限が生じる問題、そして「コミュニケーションの欠如やセグメンテーション(分割)が起きやすい」、「他の人がなにしてるかわからない」というコミュニケーションの問題、そしてマイルストン管理がシビアであることを挙げ、ライバル企業が似たタイトルを開発している、新しい周辺機器が登場するなどの外的要因に対応する際に問題が発生することを例示しました。

ここから長谷川氏は GDD/TDD が重要になってきた理由を、業界の動向とパブリッシャーの意識の変化に求めます。

まず「以前は海外でも GDD/TDD はそれほど重要視されないもので、そもそも書類は全然なかった」と述べた長谷川氏。それが今のように重要になったのは「タイトルの大型化、予算と工期の拡大」と「リリースタイミングの重要性が高まった(ホリデーシーズン、映画のゲーム化作品では公開日など)」からと指摘し、スクラップ&ビルドではリスクが大きすぎるため、パブリッシャーのリスクヘッジとしてウォーターフォール式が採用されたのではないかと述べました。加えてゲーム業界の経営陣には映画業界から流れてくる人材が多いこと、そしてハリウッド映画のメジャーな製作手法がウォーターフォール型であることも紹介。このような経緯があり、現在は早期から全体像を把握できる綿密な設計図が求められるようになっているとし、「場当たり的な開発はもはや前時代的なのだということを認識すべき」と述べて、「海外と一緒に仕事するのであれば、ウォーターフォールのほうがパブリッシャーのリスクも抑えられて好まれる」と説明しました。

その上で、GDD/TDD の意味と目的は「パブリッシャーに向けての営業ツール」であると表現して、例えば GDD ではゲーム内容のプレゼンテーションの他、ドキュメント製作能力や、工期/コスト見積りを正確に出す能力などをアピールでき、 TDD では技術力のプレゼンテーション以外にも技術的なアドバンテージをアピールする機会になると紹介しました。

ただし GDD と TDD の製作には「とにかく手間がかかる」とコメント。後の質疑応答では、およそ 100 ページの GDD を作るとして、中レベルのドキュメントを作成するにも一人月前後はかかると説明し、サウンド、プログラム、ビジュアルなど各パートのメンバーの協力も欠かせないと述べました。

社内的なメリットとしては、工程、コスト、進捗状況を最初から最後まで細かく管理できることを挙げ、「(旧来のように)カンや経験に頼ることなく見積りを立てられる」ため、パブリッシャーが最も嫌うという「スケジュールの遅延とコストの増加」を避けられると説明。またこの他にも、アセット管理が容易になるためミドルウェアのライセンス数や人材といったアセットを有効活用できるようになることや、会社にノウハウが残るなど多様なメリットがあると述べました。

ここでテーマは少し脱線し、「契約形態の推移」へ。

契約形態の推移


オールドスクール方式では「企画プレゼン」のあとは「プロジェクトの承認」という流れですが、現在のハリウッドスタイルではまず企画プレゼンの時点で BDD(Basic Design Document、GDD の簡易版)と BTD(Basic Technical Document、TDD の簡易版)の提出が必須で、ワーキングサンプルを見せることが推奨されるといいます。また企画プレゼンが通ってもプロジェクト全体の承認とはならず FP(ファーストプレイアブル)を作るところまでが承認されるだけとのこと。

その後開発会社側で FP と GDD/TDD を制作して再提出する流れとなっており、プロジェクト全体の承認がおりるのは FP の承認が降りてからになることが多いそうです(流れの詳細はスライドの写真をご覧ください)。

また、パブリッシャー側は FP を承認するまではプロジェクト全体をキャンセルできる権利を持つことが一般的で、こういった権利やその他ペナルティーに関する内容はすべて契約書に明記されていることも併せて紹介されました。

このように FP と GDD/TDD を提出する瞬間はプロジェクトの未来を左右するもので、長谷川氏は後の質疑応答でも「FP で運命が決まると言っても過言ではない。製作のスケジュールはパブリッシャーから指定されることは少ないので、場合によっては持ち出し(費用負担)覚悟でクオリティを高めることもある」と述べています。

旧来の形態のデメリット


厳しさを増す海外パブリッシャーの意識をよく知る長谷川氏は、オールドスクールな制作プロセスの欠点を不確定要素の多さだと述べ、その理由を「ほとんどが見通しの甘さによるもの」だと指摘。そして「日本では慣習的に許されてきたが、海外でのビジネスではもはやタブーですらある」と述べ、GDD/TDD を「(ゲームに関する情報の)精度を高くして海外パブリッシャーからの仕事をもらうためのツール」、「自分たちの指針にもなる、非常に重要なもの」と表現しました。

続いて同氏は、ドキュメント完成後に仕様変更はできるのか?について説明。「パブリッシャーが納得できるような理由を提示できればできる。どうしてその変更が必要なのかを理屈立てて説明できなければできない」と解説し、さらに「"色々やってみたけどうまくいきませんでした" ではちょっと許されない」と述べ、こちらの意図をきちんと言語化せずにあいまいなまま伝えても海外のパブリッシャーには納得してもらえないことを強調しました。

GDD と日本の企画書を比較してみると、企画書の平均的なボリューム(20 ページ)は海外の BDD と同程度で、GDD と比較するとゲームの内容についての記述が抽象的であるとのこと。GDD では、たとえばプレイヤーエクスペリエンスに始まり、操作方法、新規要素、マルチプレイヤーの各モードなどについて記述があり、ステージ進行や分岐についても詳細に説明されます。過去に制作した GDD ではアクションゲームの 1 ステージにつき 15 ページを割いたといいます。これはステージが 10 あればそれだけで 150 ページになる計算です。

TDD の中身としては、メモリの使用量や HDTV 上でのサウンドの扱い、テクスチャに使用するツール、ネットワークのリスク、DLC やフレンドリストへの対応といった情報の他、プロセッサのパフォーマンスやローカリゼーション対応(2 バイト文字の対応状況など)、北米ではよくある「店頭用デモ」製作の有無、メディアの読み込みスピードまでが細かく記載されるそうです。

この説明と並行して、会場のプロジェクターには過去の TDD が映し出され、メモリ使用量をステージごとに図表化したものや、各種分岐のフローチャートが表示されていました。

これに関係するところでは、後の質疑応答で「GDD は理解しやすいようにプレゼン資料のようにすべきか」という質問がありました。これに対して長谷川氏は「ビジュアルでハッタリを効かせることはできない」、「テキスト 9 割以上、ビジュアル 1 割以下」と回答しています。

本セッションでは、長谷川氏は終始「明確に正確にゲームのことを伝えなければ、海外パブリッシャーとは仕事ができない」 から「GDD/TDD は具体的で全体を網羅」しているのだと伝え続けているように感じられました。

それが情熱であっても、技術であっても、海外では自分から表現しなければ伝わらない、ということなのかもしれません。

なお長谷川氏によれば、GDD TDD で Web 検索すると多数のサンプルが見つかるとのこと。興味のある方はぜひご自分で検索してみてください。
《矢澤竜太》
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