長原氏はアーティストからゲーム開発のキャリアをスタートし、宝塚の小さなデベロッパーを皮切りに、インテリジェントシステムズ、EAジャパンスタジオを経て現在はセガのソニックチームに在籍しています。『ソニックワールドアドベンチャー』のWii/PS2版のディレクションや『ソニックラッシュアドベンチャー』のローカライズに携わりました。
今回の講演の題材となっている『ソニック・ザ・ヘッジホッグ4 エピソードI』はソニックの原点に帰ったサイドスクロールアクションゲームです。全世界でほぼ同時配信、JEFIGSの6ヶ国語対応(日本語、英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語)を行い、Metacriticで81点という高評価を得て、セールスも最初の一ヶ月で開発を回収したという結果を残しました。ソニックは欧米で今も根強い人気があり、現在も販売が伸びているそうです。最も大きな特徴は、家庭用のWiiウェア、PSN、XBLAに加えてスマートフォンのiOS、Windows Phoneで同一タイトルを同時展開したという点にあります。
ちなみに開発体制は、企画が5-6名、アーティストが9-13名、エンジニアが10-13名という体制。開発期間は2009年4月~2010年9月で1年ちょっとという期間です。
■家庭用ゲーム機とスマートフォンの差はほぼない
今回のプロジェクトの前提条件としてあったのは"家庭用ゲーム機とスマートフォンの差がほぼなくなった"ということです。長原氏は「iPadとPSVitaのアーキテクチャはほぼ同じです。全ての機器がシェーダーで描画する時代になり、ハードの性能差や境界といったものがもはやありません」と述べ、誰もが高性能端末を日常の中に持っているという時代になったと言います。ゲームを遊びたいと思わなくても、最先端のゲームを遊べる環境を誰もが持てるようになったわけです。かつてない巨大市場の誕生です。
しかしバラ色とは言えません。スマートフォンやタブレットの世界は単価が低く、パッケージと比べると売上を出し辛く、結果として投下できる開発費も限られます。小さい・短い・易しいといった娯楽トレンドの変化も開発者を襲います。国内の市場も娯楽の多様化によって縮小の一途です。
このような状況の下、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ4 エピソードI』ではスマートフォンを含めたマルチプラットフォーム開発、世界同時展開、ダウンロード専売という戦略で、マルチ&世界で可能な限りの売上本数を稼ぐと同時に、内容も物量ではなく繰り返し遊べるものに挑戦しました。長原氏は「チャンスロスを最小にする戦略」と言いました。
■モバイル開発のアプローチを導入
実制作においてはモバイル開発の「コストとスピード」という手法を大胆に取り入れたと言います。最優先事項を納期と定めて、品質はボリュームを抑えることで確保し、スピード優先の開発となりました。
これを実現するために効率的な開発環境を構築。PCでベースのゲームを開発し、それをPS3/Xbox360/Wii版に落とし込み、さらにそこからiOS/Windows Phoneに最適化していきます。ベースを制作して、それを移植していくという形です。環境としてNNライブラリという汎用ライブラリを用いたとのこと。
チームはプロデューサー/ディレクター/テクニカルディレクター/アートディレクターの4人に全てを集約する形として全仕様を把握し、各担当者にはメイン級の担当者をアサインして小さくも強力なチームとしたとのこと。
ローカライズは海外担当窓口を投じて英語はセガオブアメリカ、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語はセガオブヨーロッパのチームが担当。QAについても各国の審査基準への対応を海外チームが実施しました。
iOS版は日本で制作を行ったものの、処理負荷対策に苦労があったそうです。また、北米のみで発売された第一世代iPod touch/iPhone 3G対応は大変だったようです。また、iOSはGame Centerに対応するためのアップデートを実施しましたが、日本側で対応ができずセガオブアメリカが制作し、それをローカライズするという形になったようです。これは非常にディレクション負荷が高く、反省点として挙げられていました。
Windows Phoneは日本チームがディレクションしながら、セガオブアメリカが移植を行うという形。こちらも負荷対策がされたようです。
■ゲームデザインもスマートフォンを強く意識
ゲームデザインもチルトコントロールを積極的に導入した一方で、細かな操作を排除するなどスマートフォンのタッチ入力を意識したものに。入力ロスがないように画面表示は30fpsながら入力は60fpsで受け付けています。
また想定する客層に合わせて変更も行っています。家庭用ゲーム機ではコアゲーマーを意識して1080pや60fpsに対応し、スマートフォンでは中間ポイントでのレジューム機能を入れて遊び易さを追求しています。
実際にリリースしてみると、家庭用ゲーム機とスマートフォンでは求められるものがかなり違うことが分かったそうです。また、ネットの書き込みと実際に買った人の評価では大きな隔たりがあったようです。また、スマートフォン版やWiiウェア版ではソニック初体験というユーザーも多く手応えがあったようです。販売本数に関しては明らかにされませんでしたが、iOSが本数としては圧倒的だったようです。
今後の教訓としては、販売手法の洗練が必要という考えのようです。例えばXBLAであれば対戦版→製品版のような誘引は様々な検討を行っているとのこと。また、現時点ではAndroid版がありませんが、それも含めて更なるマルチプラットフォーム化は今後必要となりそうとのことでした。ちなみに「ソニック以外でもこうした手法を取ったか?」という会場からの質問には「そうしただろう」との回答。ユーザーの持つハードの多様化時代の一つの解として考えられそうです。