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心を痛めるようなニュースを契機に、宗教に対する言説が増えている現在ですが、「宗教」という言葉に対する向き合い方は日本においては諸外国と異なるのではないかと感じる事があります。日本人の宗教観、接し方についてが今回もテーマとなります。
土本
前回は日本の宗教のお話でしたね。
平林
日本では宗教教育ができていないとか、日本人は宗教に関するリテラシーが低いとか。宗教の話をするとなると、時と場合によっては、残念な言われ方をされるのですが本当だろうか? 見方を変えると日本人の生活に宗教は溶け込んでいるのでは? 具体的に言うと国土にはコンビニエンスストアの3倍以上の神社とお寺があって、じつは日本人の信仰心は厚いんじゃないか……という話をしました。
安田
はい。そうでしたね。で、今回はまずですね。古代の日本人の心を想像してみようかと思うのですが。……僕が考えるに、大昔の日本人は今の言葉でいう「宗教」のように整理された概念はなかった。もっと原始的な神を畏れる気持ちがあっただけ、だと解釈しているんです。
平林
「宗教」という概念がない、やはりそうですか? 私、昔から「宗教」という言葉自体が、なんか西洋的価値観の借り物というか。日本の風土になじまない印象を持っていました。
安田
日本には宗派という言葉はありましたが、「宗教」という言葉はなかったはずです。「宗教」と言われはじめたのは最近のことで、明治時代の初期からじゃないですかね?
平林
そんなに最近のことでしたっけ?
安田
はい。福沢諭吉を筆頭に当時の学者、思想家が西洋の概念、英語を日本語に訳しまくる時期があったじゃないですか。Societyを「社会」に、Libertyを「自由」に翻訳というか造語をしていった……。
平林
和製漢語とも呼ばれる、新しい熟語が続々と生まれた時代ですね。「科学」「平和」「教養」などなど。
安田
そうです。その新しく生まれた熟語のうちのひとつが「宗教」です。英語のReligionを訳したものでした。
平林
なるほど。Religionに対応するのが「宗教」……。「宗教」という言葉がかもし出す借り物っぽさは、他所の国から来た、遅れてやってきたことと関係ありそうですね。
安田
日本で引き継がれた伝統的な信仰と西洋的な「宗教」との間にはズレがありますよね。日本人は古くから山の神や海の神を敬ってきました。太陽をお天道様と呼び、月をお月様と呼び、大きな木があればご神木になります。風は風神、雷は雷神というように、恵みを与えてくれても災害をもたらしても、自然にはすべて神が宿っていると考えてきました。教祖様がいて、聖典や宗教施設があって、厳しい戒律がある。そんな宗教らしい宗教とは一線を画しているのが日本古来の信仰です。
平林
すべての土地には神様がいて、その土地を利用させてもらうことの許しを得る地鎮祭(じちんさい)という風習がありますよね。神様を怒らせないようにするのも、日本古来の宗教の特徴だと思います。いや、こうした心は現代にも残っていて。地面つながりで言えば、現代の少年野球チームでも「グランド挨拶」などといって、脱帽して運動場に礼をしています。
土本
していますねぇ。
平林
すべての土地に神様がいるなんて、なんとも日本的な考え方だと思います。こういう自然信仰に加えて、死んだ人は神になるという心もあります。
安田
はい。先祖信仰や御霊信仰などと呼ばれる信仰心ですね。
平林
自然は神様だし、死んだ人も神様になる。オールゲームニッポンでは何度か言ってきましたが、日本は多神教の国なんだと痛感します。ところで……突然思い出したんですが「神様、仏様、稲尾様」ってありましたよね。
安田
また突然な話で(笑)。プロ野球のかなり古いエピソードですね。今の若い世代の人たちは知ってるかなぁ。
平林
私が生まれるまえのプロ野球日本シリーズで、当時、西鉄ライオンズの稲尾和久投手が大活躍して「神様、仏様、稲尾様」と言われたのだと。子供のころに聞いて、覚えていたのですが冷静に考えるとすごいですよね。神様と仏様と稲尾様が同列って(笑)。
安田
確かに(笑)。
平林
さらに思い出したのですが、私が雑誌編集部にいた頃、ファミコンソフトで『ウィザードリィ』が出ました。もう本当に夢中になりまして、「このロムカセットの中には神様が住んでいる!」と言って他の人に薦めていましたね。雑誌で連載コーナーもつくりまして、そのコーナーのキャッチフレーズは「祈る気持ちを大切に」でした。当時の私にとっては『ウィザードリィ』は神様、仏様、稲尾様級の崇高な存在でしたね。
安田
日本人にとっての神とは、宗教上定義された厳格な神ではなくて、それぞれの個人が崇める対象も含む……ということなんでしょうね。神ゲーなんていうネットスラングも、崇める心のあらわれではないでしょうか。
平林
話は変わりますが、日本ではどの地方にも神社とお寺が建っています。神道と仏教がそれぞれ繁栄して、当たり前のように共存しているのですが、どうしてふたつの宗教は喧嘩をしなかったのでしょうかね。
安田
つい最近、僕の実家がある島根県・松江市に帰りました。久々に父といろいろな話をして、改めて日本人の宗教観がわかったような気がしたんです。
平林
どんな会話をされたんですか?
安田
松江には出雲大社よりも400年以上まえに建てられたと言われている神魂神社(かもすじんじゃ)という神社があります。この神社でも何年かに一回、社殿を建て替える遷宮を行うんですね。で、その行事を、当時、町内会長だった父が近隣の方たちとお手伝いしたときの思い出話をしていました。神魂神社と町内会の話を聞いて、神社というのは地域コミュニティの中心にあると改めて思ったんです。近所に住んでいる者同士が維持していくのが神社。神道というのは共同宗教なんですね。対してお墓は家族で守っていきますよね。
平林
はい。
安田
地縁の神社に、血縁のお寺。日本人にとってどちらも必要なものですから、ふたつの宗教は対立するどころか、互いに補完関係にあったから共存したと思うんですね。
(つづく)
■パーソナリティの紹介
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安田善巳 (やすだ よしみ)
角川ゲームス代表取締役社長、フロム・ソフトウェア代表取締役会長。日本興業銀行、テクモを経て、2009年に角川ゲームスの設立に参画。経営者でありながら、現役のゲームプロデューサーとして『ロリポップチェーンソー』『デモンゲイズ』などを手掛け、現在は『Projectcode -堕 天-』『Projectcode -月 読-』の開発に取り組む。
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平林久和(ひらばやし ひさかず)
インターラクト代表取締役社長。ゲーム黎明期の頃から専門誌編集者として従事。日本で唯一のゲームアナリストとしてゲーム評論、ゲーム産業分析、商品企画などの多方面で活躍してきた。著書に『ゲームの時事問題』『ゲームの大學』(共著)など。「今のゲームを知るためには、まず日本を知ることから」が最近の持論。