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平林
今日もよろしくお願いします。
安田
よろしくお願いします。
平林
こちらの収録場所に来るまえにコンビニに立ち寄りました。持ち合わせがなくて、1万円札で支払ったら「まずは大きいほうから」と店員さんが丁寧に千円札を数えてくれまして。
土本
よくある光景ですね。
平林
改めて、こういうのって日本的だよなー、と思ったんです。何が言いたいかというと、日本人の行動は常に相手に対して誠実であろうとしていますよね。店員さんは絶対にお釣りをごまかさないし、お客さんももらったお釣りが少ないとイチャモンをつけたりしない。そういう暗黙のルールがあるんじゃないか、と。私、人生の中で2度ほどお釣りをごまかされて「それ違う!」と文句を言ったことがあるんですが、それは両方ともアメリカでの出来事でした。
安田
コンビニでアルバイトしている方の教育、日本のレベルはきわめて高いと思います。
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同じコンビニエンスストアでも日本と海外でサービスは大きく異なる
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同じコンビニエンスストアでも日本と海外でサービスは大きく異なる
平林
こうした何気ないお釣りのやりとりのように、日本でもアメリカでも同じことをしているのに、その背景にある前提が違っていると思うことがあります。たとえばアメリカのタクシーはお客さんがドライバーを襲うかもしれない……ということを前提にして、硬質なプラスチック板で仕切られていたりしますよね。
安田
全部ではないけれども、タクシー会社や都市によってはありますね、仕切り板。
平林
で、話題をゲームに転じてみると、日本のゲームづくり。具体的に言うと開発チームのコミュニケーションスタイルですね。メンバー同士は「わかりあえる」ということを前提にしていると思うんです。目配り、気配りを重んじて、阿吽の呼吸が通じ合う。私が仲の良い開発チームのプロデューサーは、いつも「良いねー」と言っているのですが、メンバーたちはあの「良いねー」は本当に良いのか、じつは気に入っていないのか。そんなことを探り合っています(笑)。
安田
ゲームづくりの過程でプロデューサーの意志があいまいになることは良くありませんが、確かに日本人はいつも相手のことを気にしています。慮(おもんぱか)るという、およそ外国語にはしにくい価値観を持っています。
平林
で、逆にですね。前提を「わかりあえない」とするアメリカの文化では、プロデューサーの判断軸やスケジュールやゲームの仕様の微細なところまでドキュメントにまとめています。意志を伝えることは明文化することです。こうしたマニュアライズされたゲームのつくり方は、参加するメンバーが多ければ多いほど有効です。言い古されたことではありますけど、近年、アメリカのコンソールゲームの品質が高いことと関係していそうです。日本は以心伝心のコミュニケーション文化ですよね。「言わずもがな」「言わぬが仏」なんて言葉もあります。
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ゲーム開発スタイルの違いもある。写真は米国で開催されているゲームデベロッパーズカンファレンス。
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ゲーム開発スタイルの違いもある。写真は米国で開催されているゲームデベロッパーズカンファレンス。
安田
言わないでもわかるだろうという文化は、現在進行しているプロジェクトにとってマイナスであるだけではなくて、人を育てるという視点から見ても損をしていますよね。
平林
そうですね。人が技術を学ぶことについても日本では「石の上にも三年」とか、「師匠の背中を見て学ぶ」とか。ノウハウを知っている者が知らない者にはっきりと伝えていくことが苦手であるように思えます。身近な例でいうと、ゲームデザインの教科書は英語で出版された本のほうが日本語の本よりも多いですし。
安田
前回、高度経済成長のあと、日本企業はアメリカで日米貿易摩擦を起こして……という話をしましたよね。
平林
はい。
安田
のちに、80年代の中頃からですね、バブル期が訪れるわけですが、この時に日本のお金は株や土地などの投機に向かいました。当時の私は旧日本興業銀行の金融マンでしたが、人材育成のインフラをつくってほしかったですね。あのときこそ、産業界は人を育てることをするべきでした。
平林
人材育成のインフラですか?
安田
たとえば日本はアメリカと比べて起業が少ないと言われていますよね。
平林
はい。
安田
起業してモノづくりやサービスを競争するのと同じくらいに、ファイナンス理論を使いこなせるようにしておくことは重要です。市場や産業の仕組みを理解して、投資家に説明して資金を調達するような知識ですね。アメリカではビジネススクールやベンチャーキャピタルが身近なところにあり、メンター(指導者・先達)が相談に乗ってくれる社会的インフラが充実しています。
平林
日本ではコンビニの店員さんの教育はしっかりしているけれども、確かに起業家の育成は遅れていますね。昔からゲーム産業は起業家が集まる分野だと思いますが、経営者になってから経営を学んだ人がほとんどです。学生時代からの基礎知識として経営を学んできた人は少ないかもしれません。
安田
アメリカのビジネススクールというとビジネスのことを教えていそうじゃないですか?
平林
え? 違うんですか?
安田
ビジネスというのはあくまでも表面的に教えている事柄で。ビジネススクールで教えていることの本質は生き方です。ビジネスの世界でどうやって生きるのか? これがテーマです。ですから経営学を学びたい人向けの狭い学問ではなく、エンジニアでも生き方をそこで学ぶんですね。
平林
いわゆるアメリカのIT企業の創業者が学んできたこと。そんなイメージでしょうか?
安田
そうですね。IT企業の創業者はビジネススクールに行っていたかどうかはともかく、考え方はきわめてビジネススクール的ですね。
平林
さらに訊きますが、ビジネススクール的とはなんでしょう?
安田
最近はイノベーションなどと言われて、起業家はチャレンジをしているというイメージがあります。
平林
そうですね。
安田
これまた私の見方ではありますけれども、ビジネススクールで学ぶことは大胆なチャレンジではなくて、これは流行るだろうと周囲がすでに注目しているモノってあるじゃないですか。
平林
ありますね。
安田
そういった流行りそうなモノを、どうやってビジネスにするのか。ビジネスに結びつける、ビジネスモデルをつくる最先端の技術を学ぶ場所なんだろうと思います。
平林
製品はチェレンジしていないけれど、ビジネスにする技術が最先端ですかぁ。そんな視点でApple Watchを見てみます。
(つづく)
■パーソナリティの紹介
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安田善巳 (やすだ よしみ)
角川ゲームス代表取締役社長、フロム・ソフトウェア代表取締役会長。日本興業銀行、テクモを経て、2009年に角川ゲームスの設立に参画。経営者でありながら、現役のゲームプロデューサーとして『ロリポップチェーンソー』『デモンゲイズ』などを手掛け、現在は『Projectcode -堕 天-』『Projectcode -月 読-』の開発に取り組む。
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平林久和(ひらばやし ひさかず)
インターラクト代表取締役社長。ゲーム黎明期の頃から専門誌編集者として従事。日本で唯一のゲームアナリストとしてゲーム評論、ゲーム産業分析、商品企画などの多方面で活躍してきた。著書に『ゲームの時事問題』『ゲームの大學』(共著)など。「今のゲームを知るためには、まず日本を知ることから」が最近の持論。