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「アサシン、酒呑童子。ふふ。うちを召喚してくれて、おおきにありがとう。好きにやるけど――かまへんね?」。大人と言うよりは少女に近いあどけなさが残る容姿に、羽織一枚という露出度の高さ、上品な京都弁によるギャップ萌えから人気を誇っている“本家”酒呑童子(星5アサシン)。本稿では日本酒ジャーナリストでもある筆者が、酒呑童子のルーツ、そもそも日本酒って何?を分かりやすくお伝えします。
酒呑童子の伝承
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諸説ありますが、酒呑童子は平安時代中期に丹波国の大江山(現在の京都府)に住んだと伝わる鬼の頭領です。名前の由来は大の酒好きだったからだそうです。
大江山には多くの鬼が住んでおり、直属の配下には茨木童子、さらに四天王として星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子らがいたとされます。大江山近郊で好き勝手暴れていましたが、「朝家(天皇を中心とした一家)の守護」と呼ばれた武将・源頼光とその四天王に退治されるまでが伝承です。その際、頼光は酒呑童子を酒宴に誘って「神変奇特酒」という毒酒を飲ませ、身体が動かなくなったところで首を狩りました。
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また、酒呑童子の物語は、鎌倉時代から江戸時代にかけて成立した『御伽草子』版が広く普及していますが、そこには頼光から酒をもらって喜ぶ酒呑童子が「越後国(新潟県)生まれで山に住んでいたが、伝教法師に追い出されてしまったので大江山に来た」ということを語っています。
酒呑童子がハマった日本酒とは?
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作中で明言されてはいませんが、酒呑童子が生きていたとされる平安時代中期の日本であれば、恐らく日本酒を飲んでいたのではないかと思います。だとしたら、酒に溺れ、酒に滅ぶほど、飲まずにいられない日本酒の魅力とは何なのでしょうか?
日本酒というと、“オヤジ世代”のお酒のイメージがあり、若い人からすればコンビニやスーパーで売っているワンカップを思い浮かべる人も多いと思います。しかし、それはほんの一面に過ぎません。日本酒はビールやワインと同じ醸造酒で、世界で3番目に古い歴史を持つと言われています。日本酒の原料はお米ですので、その始まりは稲作が伝来した弥生時代にまで遡ります。
日本酒の原料「米」とアルコール発酵の仕組み
ビールが麦、ワインがブドウを原料としているように、日本酒は「米」から造られます。米を原料に水を加え、微生物である「麹(こうじ)」と「酵母」の力でアルコール発酵させることでお酒になるのです。
お米はそのままだと糖分を含んでいないため、日本酒における発酵は2つの段階を踏みます。
1.「麹」がお米に含まれるデンプンを糖分に変える
2.「酵母」が糖分を「アルコール」と「炭酸ガス」に分解する。
日本酒の歴史
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奈良時代に地方の歴史や文物を編纂した『風土記』によれば、弥生時代の日本酒はお米を口に入れて噛んだものを容器に吐き出して発酵させた「口噛みの酒」でした。なぜ噛んだのか?お米を噛む時に甘く感じるのは、口の中で唾液によってデンプンが糖分に変わるからです。つまり、唾液は麹と同じ働きがあることを先人達は知っていたのです。
その後、大和朝廷ができると酒造りの部署が設けられ、やがて寺院でも造られるようになり、鎌倉時代には京都の伏見を中心に自前の酒蔵で酒造りをする人が出るようになりました。民間の酒蔵が最も多かったのは江戸時代後期から明治初期だと言われています。
日本酒の醸造技術の進歩
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日本酒は一つのタンクの中で糖化と発酵を並行してやるため、醸造酒の中でも造り方が一番複雑です。昔ながらのお酒というイメージをもたれがちですが、2000年以上の歴史の中で技術進歩は目覚ましく、酒呑童子が飲んでいた頃の日本酒と現在では全く別物です。現在はそれこそ、シュワシュワな味わいの発泡性日本酒すらあるのです。
まず何よりも、醸造技術が発達していなかった当時はアルコール度数が現在のように(大体15~18度)高くできなかったですし、酒粕を搾って透明な清酒にする技術もなかったので、どぶろくのような白濁した色合いのお酒でした。
現在は酵母の質も向上しました。酵母は自然界の植物や果物に生息する微生物でどこにでもありますが、土地によって良し悪しがあって酒質にバラツキが出ます。明治時代になり、お酒から徴収する税金が国家予算の大黒柱になったことで、国は「優良な清酒酵母を培養して増やし、全国の酒蔵に提供することで酒質を上げればもっと売れて酒税が増える」と考えて酵母を研究し、培養、販売する協会を設立したのです。現在の酒蔵の多くはここから酵母を購入しています。
そして、米も酒造りに適した品種が誕生しました。現在、酒造りに主に使われているのは酒造好適米と言って、炊いて食べては美味しくないけれど美味しいお酒が造れる米です。山田錦や雄町など、日本酒を飲まなくても聞いたことがある人もいるかもしれません。
日本酒の分類「純米酒(または本醸造)」と「吟醸酒」
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日本酒は普通酒と特定名称酒に大きく分けられます。普通酒はテーブルワインのようにリーズナブルに楽しめるお酒で、特定名称酒は特別な製法で造ったお酒と言えます。ただ、特定名称酒であってもかなり価格が抑えられています(720mlで平均1500~1800円)。コンビニやスーパーに置いてあるワンカップの多くは普通酒です。
今回は特定名称酒を紹介。細かい製法の違いはありますが、特定名称酒は米をどれだけ磨いだか(精米歩合)で、大きく「純米酒(または本醸造)」と「吟醸酒」の2つに分けられます。吟醸酒のほうが価格は基本的には上です。酒造りでは米粒の周りを削ることで、雑味が排除されたきれいな味わいになります。磨けば磨くほど技術もコストもかかるので、値段が上がるわけです。
また、日本酒には香りや味のバランス調整のために醸造アルコールを僅かに加えることがあります。醸造アルコールが加わると、「純米」と名乗れません。これは良し悪しではなく、造りたい日本酒の設計図に合わせて、仕様の有無を決めているだけの違いです。
<醸造アルコール無しの場合>
・純米酒
・純米吟醸酒
・純米大吟醸酒
<醸造アルコール入りの場合>
・本醸造酒
・吟醸酒
・大吟醸酒
<上記の条件に加えて、特別な製造方法の場合>
・特別純米酒
・特別本醸造酒
日本酒の楽しみ方
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同じ日本酒でも、一つとして同じ味わいのお酒がありません。温度帯によっても味が変化します。それと、よく「辛口」「甘口」で括っていますが、米が原料なので実際は辛いということはありません。酵母が糖分を食べてアルコール発酵する過程で、早い段階に発酵を止めると甘口、ギリギリで発酵を止めると甘さ控えめになるだけです。しかし、そこには飲み手の嗜好が確かに介在しています。
日本酒好きであっても全ての味わいが好きではないように、逆も叱り。今まで日本酒を飲んでも好みじゃないと感じた人でも、きっと好きな日本酒に出会えるはず。最近は、専門知識のあるスタッフがいて、日本酒を飲み比べできるお店が増えているのでおすすめです。その際は、水をこまめに飲むのを忘れずに。お口のリセットと酔いの回りを防いでくれます。
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最後に京都丹後にあるハクレイ酒造が醸した「大辛口 酒呑童子」を紹介します。大江山の酒呑童子の伝説に因んで、その大江山連峰の湧き清水を使っており、蔵でもトップレベルの出荷数を誇る人気酒だそうです。きっと酒呑童子が飲んだら、日本酒の進化に驚くこと間違いなしだと思います。
コスプレイヤー:茶々丸さん(@cyama28)
撮影:寒黙(@nigellizhe )
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