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高いクオリティの音楽と美術で海底探索のロマンを演出
物語の舞台は海中。地上は厚い氷に覆われ、氷の下の海中で暮らすことを余儀なくされる環境。この海底の奥深くを探索していくことが主人公の目的です。途中「潜導」という謎のロボットに出会い、彼に導かれるまま、新天地を目指していきます。セリフやナレーションは全く無く、言葉は操作説明や実績解除の部分のみ。物語を伝える手段として映像と音に頼っているため、そのクオリティは非常に高いものとなっています。
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プレイして最初に感じるのは映像や音の素晴らしさです。冒険の舞台となる海中は、淡く透き通った美しい色合い。その中を奇妙な形の深海魚や機械生物たちが回遊しています。ところどころに古代の文明の遺物と思われるものが散見され、未知の深海への興味が掻き立てられることでしょう。
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水中の音作りは非常にこだわり抜かれており、水の中に潜った状態をリアルに表現。BGMは癒やしと活力が同居しており、作品世界へプレイヤーを強く引き込みます。
ヘッドホンやイヤホンでのプレイが推奨されているとおり、イヤホンで水の音を聞きながら海中を探索すると、まさに自分自身が水の中に潜っている感覚に。水の抵抗や重さ、重力の変化が感じられる操作性も相まって、海中を旅するワクワク感が増幅されています。
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この虫のような大きな機械は主人公のホームベースとなる潜水艦です。
海が好き、深海にロマンを感じる、あるいはアクアリウムなどの観賞を趣味とする人は、ヘッドホンをしてのんびり遊泳するだけでも十分満足できること請け合いです。
冒険を進めるにつれて大きくなる 深海への恐怖と孤独
はじめはワクワクのスタートですが、プレイを進めると次第に恐怖心が高まっていきます。透き通った水色だった海中も、深く潜るごとに徐々に光が届かなくなるため、暗く重たい雰囲気に……。周囲の環境も沈没船や海底火山が出てくるなど、過酷で凄惨なものに変化。序盤は心地良かった水の音も、周囲の変化に併せて息苦しく感じられるようになってきます。
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恐怖よりもスリルを感じるというプレイヤーもいるかもしれませんね。
潜れば潜るほど、文明の跡らしきものが見られるようになります。途中には古文書のようなものも見受けられ、かつて人が生きていたということがはっきりしてきます。しかし道中で人とめぐり合うことは全くありません。どこかに誰かがいそうだけども見当たらないという状況が続くため、孤独感は大きくなるばかりです。
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もちろん読めなくても、大意は理解できるように作られています。
終わりの見えない深海への旅は、プレイヤーを心理的に追い詰めていきます。この物語は地表を目指す旅ではありません。海底深く、より息の続かない世界への旅。その終着点に安息は無いのかもしれない、という意識が自分の中でどんどん大きくなっていく感覚を覚えました。
絶妙なバランス感覚 期待から恐怖への転換の妙
本作の優れている点は、なんと言っても期待と恐怖のバランス感覚。最初は美しいと思えていたものが徐々に恐怖の対象になっていく一方、新しい発見や達成感のあるイベントが随所にあります。それによって「怖くて息苦しいけれどやめられない」という感覚を与えてくれます。
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システム面でも緊張感の持続に一役買っています。例えば、ゲームの進行によってキャラクターの装備は強化され、武器も多彩になります。しかし、肝心の酸素ボンベはちょっとの操作ミスで簡単に壊れるため、どれだけ武装を強化しても絶対安心できる状態にはなりません。難易度が下がることで中だるみするようなことの無いゲームデザインになっています。
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しかし、緊張感を損なうことのない絶妙な塩梅。
海の中は楽しいだけの場所ではなく、人間の住むべきでは無い恐ろしい世界だということを改めて実感させられます。そして、高いクオリティの映像と上質な音づくり、そして練られたゲームバランスによって、海への憧憬と畏怖を一度に味わうことのできるものに仕上がっています。
深海の果て、極限の状況で 本当の人間としての生き方を問う
『深世海』を遊ぶ際は、必ず最後までプレイしてください。なぜならエンディングの展開は間違いなく本作の白眉であり、この物語の真価がつまっているからです。
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最後の展開は人間らしく生きることの意味や、人の幸せと尊厳などの寓意に富んだテーマを訴えかけてきます。セリフやナレーションなどの言葉を一切使うこと無く、キャラクターのモーションと音楽、そしてゲームの遊びの部分でそれを伝えてくる巧みさには舌を巻いてしまいます。PS3の傑作『風ノ旅ビト』のように、言葉ではなく体験でプレイヤーの心に強く訴えかけてくる作品です。
クライマックスで提示される事実に対し、プレイヤーごとに大きく異なる感情が湧くことでしょう。怒り、憤り、悲しみ、絶望を感じるプレイヤーもいれば、逆に喜びや希望、救いを見出す人もいるかもしれません。そしてその感情は、そこまでの冒険をどのように感じたかによって違ってきます。実際に自分の手で最後までプレイした人だけが、その結末の意味を感じ取ることができるのです。
本作をプレイしたら、友人家族にも勧めてみてください。そして多くの人と語りあってもらえるとより良い体験になることでしょう。若い人、10代の人たちにこそオススメ。本作は、大人になってからプレイするとまた違った感想を抱くタイプのゲームに違いありません。
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クリア後にはタイムアタックモードなど、遊びの幅も豊富です。
2020年春は大作目白押しで、ゲームをする時間を捻出するのにどなたも苦労していることと思います。『深世海』はやり込み要素もありますが、本編シナリオは10時間ほどでクリアできる分量。1本のゲームとしてはそれほど長くないプレイ時間なので、是非時間を見つけて遊んでみてください。