8月9日より、アークシステムワークスが手掛ける『GUILTY GEAR -STRIVE-』にブリジットが参戦しました。発表時はEVO会場に歓声が上がり、界隈騒然、新規プレイヤー急増、喧々諤々。筆者も床を転げ回った挙げ句、その勢いのまま迂闊にもGame*Spark編集部に「この新しいデザイン凄くないっすか!?」と熱弁してしまった始末です。
ただ、口は災いの元と言いますように、少し経ってから「きみ女装詳しかったよね、そこら辺の内容詰めて記事にしてみてよ」等々と若干の含みを感じさせながら肩を叩かれました。筆者はゲームライターですが、専攻とするのは関連する着ぐるみなどの造形・操演の分野。女装の技術そのものは専門外かつ、実践を伴わないエアプ勢なのですが……まぁともかく、新しいブリジットにこれでもかと込められた多岐にわたるデザイン的な素晴らしさを語る機会、見逃すことは出来ません。
そんなわけで、本稿ではブリジットの新たなデザインに込められた「かわいい」を作る技術にクローズアップしながら、『ギルティギア』シリーズひいてはアークシステムワークスが求める画作りとの両立を成しているポイントに、考察を交えつつ迫りたいと思います。
「かわいい」を作るベースとなるのは印象に対するアプローチとバランスです
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さて、まずは女装技術的な側面からブリジットの新しいデザインを見ていきましょう。第一に触れるべきは勿論、常套手段であり全ての基本となる、身体の成長とともに端々に表れる男性的な特徴に対する印象面へのアプローチです。
基本の確認ですが、よくイメージされる「男っぽい印象が出る部分をただ隠せばそれでええんやろ?」という、安易な考えはむしろ破綻に繋がります。どこかをただ隠せば、別のどこかがただ目立つ。かといって全てを隠せば、全ての部分の効果が薄れます。端的に言ってしまうと、単純にダサくてイモい感じになってしまうのです。「孫子の兵法」が虚実篇で説いている部類の話ですね。
そのため、現状と理想の双方に意識を向けつつ「どういうシルエットを描きたいか?」という具体的な画作りを目標にした、ポジティブなアプローチが必要です。
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心身両面の成長を感じられ、思い迷いながらも自身とも向き合い始めたブリジット……そうしたベースとなる技術に対するバランス感覚と、目標となる自身のイメージをバッチリ持てていることが、新デザインのそこかしこから伝わってきます。
特に、カジュアルな印象のオーバーサイズなフードパーカーで肩周りの印象への錯視的なアプローチを加えながら、その為だけの手段として用いるにはいささか野暮った過ぎにも思える袖で腕の印象をカバーする手法。「男性の肉体」の特徴が出やすい肩や腕に対する、王道的アプローチは当然抑えてます。ふんわり感の増した髪型とフードは小顔効果を発揮しつつ、ヨセで見た時の「揺れ物」として画面映え効果も発揮しています。攻防一体です。
元から変わらず引き続きのデザインですが、グローブや大きめのシルエットのブーツによる男性的な特徴が最も出る部分とも言われる「手の甲」や「ふくらはぎ」へのアプローチもやはり欠かせません。特に後者は「実寸より印象」を優先される分野において、時代を問わず常に大事なワンポイントです。
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バランス調整的な関係からか、ほんのり隠しつつもまろび出ている首筋のディティールのチラリズムなどにも、言葉にできないドキドキを感じた方はいると思います。しかしそれは、アークの卓越した“画作り”に想起させられた感情かもしれません。判断を急がないでください。
骨格を意識したボディラインの造形も大切です
繰り返しになりますが、単純に「ゆったりした服でボディライン隠せばええやろ!」と考えてはいけないのです。そうしてしまうとウエスト位置の調節が困難になるだけでなく、「幼さ」の印象を全面に押し出すシルエットになってしまいます。やはり、トータルな印象を「シュッ」と決めるには骨格を意識したウエストのボディラインのシルエット造りが大切です。
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ボディラインを構築する上で大切なのは、「肋骨(胸郭)」と「骨盤」の形状差によって変化する寸法への意識です。男性の場合は胸郭自体が広く、また肋骨の下部が少しだけ外側に膨れ、かつ骨盤が狭く深い形状のため、最狭部が低めのおよそストレートなラインになります。
そして女性の場合は、胸郭が狭く肋骨下部が内側に入り込んでおり、そこからくびれ部がスタートします。そして女性の骨盤は大きく幅広になっており、必然的にヒップは大きくなります。つまり、下腹部に大きめの内部スペースを確保しておく必要から生じる形状差ですね。その結果メリハリのあるウエストラインが描かれるわけです。
なにより、これらの要因が組み合わさり、男女間でウエストの位置に大きな高度差が生じるわけです。最狭部は男性が低めで、女性が高め、ここ重要です。こうした仕組みを意識して「肩からお尻までのラインは、アンダーバスト付近が最小になるように弧を描いて変移させる」というようにバランスを取ることが大切となってくるわけですね。
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総合的な骨格を意識したボディラインから新しいブリジットを見たときに、特に注目すべきはアンダーバストの位置で素朴でゆったりした服を上から締めているリボンでしょう。バストを演出する錯視的アプローチとも言えますが、やはりウエストラインを造形するためのアプローチと捉えるべきです。このシンプルで大胆かつ、最小限で最大の効果を発揮するデザインに舌を巻いた方は多いと思います。
「引き算」でなく「足し算」を利用してのトータルバランスの構築が重要です
女装に限らず、ボディライン造形に大事なのは引き算よりも足し算です。ただウエストを引くだけ終わらずに、ヒップとの兼ね合いを考えてボリュームを足し、バランスを構築し、美しい「Aライン」を造形しなければいけません。
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よくある落とし穴なのですが、肩幅自体には顕著な男女差は無いとも言われています。実寸ではなく、トータルから来る印象のバランスや姿勢が肩幅への意識を強めているわけです。
そのため、肩周りとウエストだけのアプローチにとどまった場合、上部ディティールの印象だけが増大して逆三角形の男性的シルエットが強調され…なんというか、その、控えめに言えば「マニア向け」な雰囲気となる場合もあります。筆者個人の趣味としてはアリですが。
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ここまで述べてきたような観点でブリジットを見れば、先に触れたアンダーバストのリボンの引き算によって造形された「最小幅」は、緩やかな足し算の起点ともなっているわけですね。
そこから服のゆったり感が徐々に開放されながらヒップのちょい上付近で最大となるキレイなカーブが描かれることで、肩周りからお尻までのラインに綺麗な比率の「足し・引き・足し」がなされているわけです。そうして内側のシルエットにキレイなAラインを印象付けるウエストラインがバシッと構築され、見事な女の子ボディが仕上がっています。
それに加えて、状況によってはシルエットを塗り潰す可能性もあるパーカーの裾を、強い外向きの印象を持たせる「お腰のデカ手錠」に支えさせてふんわりと末広がりに保つことで、内外ダブルAラインのシルエットがビシッと造形されているわけです。隙がありません。
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そうは言っても、お尻とふとももの天然のボリューム感の賜だから技術とか関係ないのでは?と疑問が湧くこともありますが……まぁ、そういう計算を狂わせる力がふとももにはあるから怖いみたいなことをどこかのギャンブラーも言っていましたし、諦めましょう。
それに、本作のキャラクターデザインが目指したところのひとつである「人体のリアリティの強調」を考慮するならば、大した太さではないでしょう、よくよく見ればおおよそのキャラがダイナマイトボディです。アクション映えを意識したら当然とも言えます。その中でブリジットだけお尻やふともものボリューム感が抜かれ、リアル路線に造形されていたら、作品内で奇妙に浮いてしまいます。何事もトータルバランスの構築が重要です。
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それよりなにより。格ゲーのキャラクターとしてのモーション演技を演出するフードパーカーの「揺れ物」としての機能・意図こそが一番大事です
さて、「キャラクターの造形方針」に言及した以上、実際のゲーム的な画作りとの兼ね合いについても思考を巡らせる必要があるでしょう。何と言っても激しいアクションが前提となる格ゲーのキャラクター。動いて画面映えする「カッコいい演技」がつけられるデザインでなければ、ゲームキャラクターとしては魅力的にならないわけです。
いくら手間がかかろうが1フレーム毎に作画を修正し、ビデオ化したコンテでモーション演技を検証していく……というのがアークシステムワークスの開発手法。「揺れ物にこそカッコよさを求めるべきだ」とディレクターが公言していたこともありました。そうして手間隙かけてリッチな画作りを追求するアークが、「現行『ギルティギア』という大舞台にふさわしいブリジット」を実現するために作り出した超注目の揺れ物、フードパーカーのシルエット演技についての言及は絶対に避けられません。
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御存知の通り、ブリジットは主にヨーヨーを武器として扱うキャラクターです。そしてヨーヨーには、細いストリングを伸ばしながら身体から離れていくという性質上、「武器の誇張表現」と「身体と連動した揺れ物」がガッチリ繋がった、連続的なモーションのシルエット作りが難しいという欠点があります。大幅なリファインを加えなければ、「新作『ギルティギア』」という高度な表現舞台に立つことも大変という弱点を、元々のデザイン時点から抱えていたわけです。
動きに応じてヨーヨーに誇張表現やエフェクトをつけるだけでは、たいした演技が付けられない細いストリングによって、どうしてもアニメーションの連続性が絶たれます。対戦中の視野は広めの間合いに分散するので、実際にプレイしていて彼我双方それほど気にならないかも知れませんが……。
しかし、カウンターやトドメの一撃が入った時にはブリジット本人の動きのシルエットがくっきりとプレイヤーの眼に焼き付くわけですから、しっかりとしたシルエットが描かれる必要があります。そしてそれはヨーヨー本体やストリングに誇張表現やエフェクトを盛るだけでは達成できません。
だからこそ、腕の動きの演技を際立たせるハイディティールな「揺れ物」として、パーカーの袖は非常にゆったりとしたデザインとなっているわけです。腕を振る際は勿論のこと、身体を捻ったり吹っ飛んだり、あらゆるシチュエーションでゆったり袖が動きにダイナミックな演技を付けてくれています。
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そういった「揺れ物」演出の視点で新しいブリジットの、というよりフードパーカーのデザインを見てくと結構「はっ」とさせられる事ばかり詰まっているんですよこれ。単に揺れ物を追加しただけに留まらない。深く考え抜かれたシルエット構成になってるんですよね。
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ヨセで見た時にはフードがウィンプル(シスターさんの頭巾)のシルエットの印象を引き継ぎ、ヒキで見た時には前を開いたパーカーの裾が「バタバタ」や「バサァ」に分類されるウィンプルのモーション演技方針を引き継いでいるわけです。前を開くことで静止時の胴の色分けが元々のそれを踏襲する形になるのも、目立ちにくいポイントですが非常に丁寧なデザインと言えます。
パッと見の印象自体は変わりつつも、「長く間を置いた待望の参戦」を果たす上で必要不可欠なブリジット自体の連続性を保たせるシルエット造りがしっかり成されてているわけです。袖口が開いていたほうが演技が大きく見栄えしそうなところをあえて閉じ、そこに元のデザインから引き継いだカフスのワンポイントが添えられている点も忘れてはいけません。とんでもない線を何本も通し切ったこのパーカー、凄いというよりかは最早恐ろしい。
そう、新しいデザインの最も象徴的な衣装であるオーバーシルエットでふんわりとなびくパーカーは、決して「肩周りと二の腕を隠しボディラインを誤魔化す為の女装技術アプローチ」という概念だけで捉えてはならない、現行『ギルティ』に即したディティールと言えるわけです。「かわいいを造り」「カッコいい画を造る」という目標を同時にクリアするアプローチが、これでもかと込められています。それこそが、デザイン面から新たなブリジットを見る上での最も重要なポイントなのです。
おわりに
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ここまで約6,000字をかけて述べてきたように、新たなブリジットはとてつもないキャラクターです。見た目のみにフォーカスしても正直まだまだ足りないことばかり。なんなら硬直からの振り向き時にまさかの正面立ちが確認できてしまうがそこに隙が全く無い事やら、帰ってきたキルマシーン(632146HS)を出した後の無操作時に取るポーズが終わってから待機モーションに戻る直前に挟まれる一瞬の間の美しさやら、とにかくひたすら書き連ねたいくらいです。
ともあれ念を押したいのは、「当然かわいい」「しかも動いてカッコいい」「その上でブリジットとしての印象を保つ」それらの具体的な画作り目標を全て達成した新デザインによるシルエット造り、これはもう本当に凄い。逆に恐ろしいほどです。
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恐ろしいついでに、最後にもうひとつ。シルエットを頭に叩き込むためにスケッチを取っていてちょっと「ぞっ」としたのですが……やはりこのパーカーのオーバーサイズ感、少し怖いなぁと思うのです。こういった格闘ゲームでは、揺れものをいい具合になびかせる“風”や現実的な造形を意識させない画角など、いわゆる一枚絵的なイラストで使われる「ファンタジー」や「ケレン味」という加護がありますが……そんな加護が働かない、非常にリアリスティックな物理挙動が働く状況下においてこのパーカーは、アングルやポージングによっては身体のシルエットを丸呑みする“魔物”にもなるんじゃないか……という杞憂が、どうしても拭えません。
大胆なアレンジを加えず、お腰のデカ手錠を含めたフレーム的な仕組みを組み込む以外でどうにかしようとすると、かなり限られたポージングしか行えないとても難易度の高い服装に思えてしまうのです。アレコレ頭を捻っても場当たり的な対処しか思い浮かばない筆者は、ただただ怯えるばかりです。
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参考資料
「煌!!男の娘塾」 おと娘コミックス 漫画:わだぺん 解説:美寿羽楓
「オンナノコになりたい! もっともっと、オンナノコ編」 一迅社 著者:三葉
「CGWORLD」 株式会社ボーンデジタル CGWORLD編集部 2021年10月号
「CGWORLD Friday」 CGWORLD YouTubeチャンネル 2021年09月10日ライブ配信分