■声のある『魔法使いの夜』に宿る新たな刺激は、一見・一聴の価値あり
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『魔法使いの夜』をよくご存じの方、特にPC版をプレイ済みというファンにとっては、本作の魅力や特徴について、既に知り尽くしていることと思います。ですので、ここではコンシューマ版ならではの要素や、気になるポイントなどに迫りましょう。
まずはその見た目、グラフィック面に素直な驚きを覚えました。10年前とはいえ、元々がPCゲーム向けのADVゲームなので、その時点で十分なビジュアルを確立済みですが、思い出は時に美化されがち。いわゆる“思い出補正”は手ごわい相手ですが、コンシューマ版『魔法使いの夜』の体験版を遊んだ限りでは、見た目で劣ったと感じた点はありません。これは、フルHD化の恩恵によるものなのでしょう。
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また、当時と比べてディスプレイ環境が進歩した点も、この感触に拍車をかけています。PC版が発売された当時もTVやモニタは薄型へ移行していましたが、10年間の進歩はやはり大きく、性能はもちろん画面の大きなTV・モニタの価格も手頃なものが増えました。そのため、大画面で『魔法使いの夜』を楽しむ、という贅沢を味わいやすくなったのも、今遊ぶ利点のひとつと言えそうです。
ですが、『魔法使いの夜』体験者にとって最も大きな違いは、フルボイスの実装でしょう。PC版の公式サイトには、「キャラクターに音声は付けておりませんが、それがゆえに文章が持つプリミティブな面白さ、魅力を楽しんで頂けるはずです」と、ボイスをつけなかった理由をこのように説明しています。
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そのため、今回ボイスをつけたことで“プリミティブな面白さ、魅力”を損なうのでは、といった危惧があるかもしれません。しかし、少なくとも体験版をプレイした限り、恩恵しかなかったというのが率直な感想です。
まず、ボイスがあることで“文章”への関心が損なわれたり、理解が阻害されたりといった印象はまるでありません。かつては、地の文や台詞の内容といった“文字”だけが、青子や有珠たちの心情や心根を推察する手がかりでしたが、本作ではそこに“声色”が加わり、表現力がさらに増したように感じられました。
間やテンポまで徹底して組み上げ、ゲーム性よりも優れた演出・表現を選択した『魔法使いの夜』。ボイスも演出のひとつと考えるならば、フルボイス化は“想像する楽しさが奪われた”のではなく、“演出をさらに研ぎ澄ませた正当進化”だと筆者は解釈しました。
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もちろん、声がつくことで「イメージが損なわれる」「自分が想像していた青子たちの声は、こうじゃない」と感じる方もいるでしょう。そうした方々は、ゲーム内の環境設定を調整することで「ボイスのない『魔法使いの夜』」がプレイできるのでご安心を。
今回遊んだ体験版の範囲で、特にボイスがあってよかったのは、有珠の戦闘シーンです。ネタバレ回避のため詳しい内容は伏せますが、製品版における5章の戦闘シーンと言えば、経験者ならピンと来るはず。そう、「London Bridge Is Broken Down」(ロンドン橋落ちた)を歌い上げながら戦う場面です。
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暴威と呼べるほどの力を持った存在が複数集い、苛烈な暴力が吹き荒れながら、どこか静謐さも感じさせる独特な場面。その印象を強めているのは、有珠が口ずさむ「London Bridge Is Broken Down」に他なりません。
シーン自体はPC版と全く同一で、そちらでも有珠が「London Bridge Is Broken Down」を歌っています。しかしそこに声が加わることで、シーンの“凄み”が倍増。恐ろしさを美しさが宿る奇妙な一幕を、この上なく残酷かつ鮮やかに彩っていました。
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既にPC版を経験した方であっても、このシーンを声つきで味わうのは、かなり刺激的な体験になると思います。同時に、「ボイスのある『魔法使いの夜』」の魅力をここで推し量ることができるので、体験版が配信された暁にはぜひ味わってみてください
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体験版のボリュームは、プレイヤーの読む速度にもよりますが、大体40分~1時間ほど。優れた演出と新たに加わったボイスが織り成す『魔法使いの夜』のお試しには、ちょうどいい分量でしょう。
ちなみに、さきほど「5章」と記したために誤解を生むかもしれませんが、この体験版は冒頭から5章まで遊べるものではありません。ゲームの体験版は、開始から一定区間を遊べる形が多いものの、『魔法使いの夜』体験版はこの形に当てはまっておらず、独特の構成になっています。
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時系列通りではなく、時には時間軸が前後しながら展開する『魔法使いの夜』の体験版は、少々不親切に見えるかもしれません。ですが、いえ、だからこそ様々な断片をかき集めることができ、それこそが本作の魅力を最もよく伝える“予告編”の役割を果たしているのだと感じました。
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1章の最終盤から始まり、7章や5章を経て、最後は1章の冒頭に戻って幕を閉じる体験版『魔法使いの夜』。その独特な構成も含め、これは今よりも少しだけ神秘が色濃かった10年前の世界から届いた、青子の新たな魔法なのかもしれません。
(C)TYPE-MOON