全くゲームと関係ない話で恐縮なんですが、筆者の息子の保育園の年長組では、運動会をする時、「運動会で何がしたい?」と園児に聞くところからスタートします。運動会で何をするかは事前にほぼ決められていて、そういう点では結果に関わりの無いプロセスなんですが、この儀式をすること自体は子ども達にとって重要な意味があります。
なんでこんな話をしているかというと、『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』のオープンワールドがゲームとしてどれほどの意味をもっているか、というテーマと少し関わりがあるからです。
今回の『ポケモン』は初のオープンワールド化が大きな目玉となっていました。しかし、発売後、SNSやメディアのレビューには厳しい意見も多くみられます。確かにオープンワールドを主軸に考えると、中途半端で物足りない部分があることは否めません。筆者も、もし「オープンワールドの面白いゲーム教えて」と言われたとしたら、『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』を挙げることはないでしょう。
しかし、筆者は本作を大変楽しめました。個人的な歴代『ポケモン』シリーズのランキングで考えたとしても上位に来ると思います。また、発売日から筆者とともに始めた10歳の娘は、夢中になってプレイしています。批判的なレビューであっても、「自分は楽めたけど…」と前置きしているものも見られます。『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』はオープンワールドとしては何が足りないのか、そして、それでも楽しかったのはどうしてなのかを、考えてみたいと思います。
■世界はシームレスだけどゲーム体験はリニアに近い
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おそらく最も大きなポイントは、ゲーム体験がリニアに近い、ということだと思います。リニアというのは、直線状の、というような意味ですが、ゲームにおいてはストーリーやゲーム攻略手順が1本道であることを意味します。
本作はスタート地点となるアカデミーを出ると、自分の好きにやりたいことをやって良いといわれますが、チャンピオンロード、レジェンドルート、スターダスト☆ストリートの3つをクリアするという目的が明確に示され、それぞれの場所や攻略難易度の指標になるヒントもマップに表示されるため、非常に分かりやすい反面、未知の冒険という感覚はあまりありません。
また、いくら自由に冒険してよいと言われても、実際にはゲームが想定している手順の範疇を出るメリットはほとんどありません。というのは、従来の『ポケモン』と同じく、ジムバッチを手に入れることでレベルの高いポケモンを捕まえやすくなったり、言うことを聞かせることができるようになるため、遠くの強いポケモンをいきなり捕まえることはできませんし、強いジムリーダーを倒すことも難しいのです。
結局のところ、マップを見て攻略が簡単そうで近いところから順に進めていくと、ポケモンを集めるのにも大きな苦労はなく、順当に扱えるポケモンのレベルも上がり、移動手段や技マシンも手に入ってゲームがスムーズに進みます。気がつくと、オープンワールドになってもやっていることは結局今までとそんなに変わらないのでは、という疑問が頭をよぎります。
■例え結果が同じでも、自分で決めることには意味がある
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『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』は、マップはシームレスで好きなところに行くこともできますが、それを最大限ゲームの面白さに生かせるように全く新しい『ポケモン』に練り直す、という形にはなっていません。今回はオープンワールドだ、と期待したユーザーから不満が漏れるのは無理もないでしょう。敢えて悪い言い方をすると「子どもだまし」であるとも言えそうです。
しかし、「子どもだまし」では本当にマズイのでしょうか?そこで冒頭の保育園の話です。5歳の息子の保育園では、運動会に何をするか決めるとき、まず園児に「運動会で何したいー?」と聞いて意見を募ります。実際には先生の中で選択肢は決まっていますが、子ども達に意見を出させるプロセスを重視します。話し合いの中で、先生も園児に混ざって意見を言い、運動会はなんの為にやるのか、保護者にどんなものを見せるべきか、では何をやるのがいいだろう、ということを少しずつ伝えて、議論を誘導していきます。
この議論の場はある意味で「子どもだまし」なわけですが、息子にとって「こうかはばつぐん」でした。自分たちで決めたんだという意思の力は強力で、まるでできない竹馬もみんなで励ましあって意欲的に練習します。
■10歳の娘には「こうかはばつぐん」だった理由
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話を戻して、『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』ですが、一緒に始めた10歳の娘は、大変に楽しんでいます。彼女はそもそもオープンワールドの意味なんてものは最初から考えていません。素直に、自由に好きなことをしていいんだと聞いて、マップを見ながら次に行く場所を悩んだり、気ままに探索してピクニックを楽しんだりしています。実は彼女にとって、本作のオープンワールドは絶妙なところにあって、自由に遊べるけども、困ることもほとんどない、という作りになっていることが分かります。子どもだましかもしれませんが、彼女にとってこれは「こうかはばつぐん」だったのです。
実際がどうであれ、自分に意思決定権があると感じて進めることは、意欲がわき、そして楽しいのです。筆者はさすがに大人ですし、長年ゲーマーをやってきてますから、このゲームがオープンワールドとしては本格的に作られていないことには気が付きます。しかし、だからと言ってゲームの全てが否定されるものでもありません。また、ある程度コントロールされているとはいえ、やっぱり、どこに行こうかな、まったく関係ないところを探索してみようかな、と自分の意思が介在することは楽しいのです。
ストーリーが抜群にいいことも手伝い、オープンワールド風の味付けがされている『ポケモン』として楽しむことができました。
■「オープンワールド」というマジックワード
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もっと思い切ってオープンワールドに寄せた『ポケモン』を遊んでみたいかと問われれば、ぜひ遊んでみたいと思いますが、今回のような形がアリかナシかで考えれば、ポケモンが小学生も遊ぶ間口の広いゲームであることを踏まえると、アリだろうと思います。
オープンワールドという言葉はいわゆるマジックワードとして作用することも多く、宣伝として利用されることもありますし、それがユーザーに対して、過剰であったりゲームが目指しているものとは違う方向の期待を持たせてしまうこともあります。しかし本来は「オープンワールド」というのは手法やゲームの分類であるべきで、縛られるべきものではありません。
『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』に関して言えば、振り回されてしまった感はやや否めません。オープンワールドのRPGとしてはオススメしませんが、ミライドンやコライドンに乗って広い大地を駆け巡るのは気分が高揚し、テラスタルはバトルに新たな戦略を与えます。できればオープンワールドとはなんたるか、などと難しいことは一旦置いて、これまでとは一味違った新しい『ポケモン』をぜひ楽しんで欲しいなと思います。