濱野氏はオンラインメディアにオンラインコミュニティの最新動向を寄稿するアナリストです。今回は2007年に話題となった「Twitter」「セカンドライフ」「ニコニコ動画」を独自の視点で分析し、仮想空間の成功の鍵を解き明かします。その分析の鍵は「時間軸」です。仮想世界では空間のリアリティが話題に上りがちです。しかし濱野氏は「注目すべきは時間です。同期型か非同期型か。そして、仮想世界によってもたらされた擬似同期、選択同期という新しい形を研究する必要があります。この議論によって、セカンドライフがなぜ閑散としているかが判ります」と強調しました。
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情報には同期型と非同期型のサービスがあります。同期型とは電話やテレビ、ラジオなどの放送メディアです。発信者が情報を出すと、リアルタイムに受信者に届くというサービスです。一方、非同期型とは主に紙媒体です。手紙、雑誌、新聞など、発信した情報が届くまでに時差が発生するものです。電子メールも送信と受信が同時ではないので、非同期型だといえます。雑誌に例えられるように、Webメディアも非同期型だといえるでしょう。
しかし、インターネットには同期的なサービスもあります。例えばチャット、インスタントメッセンジャー、オンラインゲームへの同時アクセス、電話の代わりとも言えるVOIPなどが同期的だといえます。しかし、インターネットでは同期とも非同期とも言えない、新しいサービスも登場しています。
例えばTwitterでチャット状態になっている場合は、チャットの参加者にとっては同期的です。例えば、フレンドAが「カレーを食べたよ」というメッセージを投稿します。それを見たあなたが、メッセージを見た直後に「あ、俺も今日はカレーにしよう」とレスポンスを返します。それを見た別のフレンドBが、「俺もカレーにしよう」と書き込みます。この一連の動きは当事者から見ると同期的です。
しかし、このやりとりを客観的に見た場合は非同期的です。あなたは「カレーを食べたよ」というメッセージを見た瞬間にレスを書きましたが、実は、フレンドAのメッセージは数時間前に書かれていました。また、あなたが書いたレスをフレンドBが見るタイミングは明日かもしれません。つまり、このやり取りを同期的だと感じる人は、メッセージの送受信に参加した人だけです。これを濱野氏は"選択同期"と呼びました。
ニコニコ動画は、動画を再生中に画面に字幕を入れる「ツッコミ」を楽しめるサービスです。たとえば、ある動画の再生開始から10秒後に子犬が登場するとしましょう。画面には「カワイイ!」「こいぬカワユス」「こっち見た!」などと言葉が表示されます。これは、あなたや他の閲覧者が動画を見ながら書き込んだメッセージです。他の人が同時に同じ映像を見て文字を入力している。つまり、みんなで一緒に見ているんだな、という臨場感を体験させてくれます。みんなで同じ動画を見て、同じタイミングで感想を持った人の存在を感じるので、同期生があるようにも見えます。
実は、このような臨場感はニコニコ動画というシステムが作った「錯覚」です。同じ動画再生タイミングで表示されたツッコミの言葉は、実はまったく異なる時間に視聴されね書き込まれたものです。あなたがいま「かわいい」と書き込み、他の人の書き込みと同時に画面に表示されても、他の人の「カワイイ!」の書き込みは、実は昨日の夜にかかれたものかもしれません。これを濱野氏はシステムによって作られた"擬似同期"と呼びました。
このように、Twitterとニコニコ動画には「客観的には非同期だが、主観的には同期しているように見える」という共通点があります。Twitterではユーザーの参加による選択同期、ニコニコ動画にはシステムが自動的に行う擬似同期が発生しています。この二つが、
インターネットによって生み出された新しい時間軸です。
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さて、セカンドライフはどうでしょうか。こちらは、MMORPGと同じで同期的なサービスです。あなたのアバターの周りにいる人々は、いままさにセカンドライフにアクセスしている人々です。音声や文字によるチャットもできます。セカンドライフの楽しさは、リアルタイムで交流ができることにあるといっても良いでしょう。
しかし、セカンドライフは同期的にもかかわらず盛り上がっていないように見えます。どこへ行っても閑散としています。これを見て、セカンドライフは廃れているな、と言う人もいます。しかしそれは早計です。セカンドライフが閑散としているには理由があるのです。第一に、仕様として人口密度が限られていることです。セカンドライフはひとつの区画に数十人程度しか入れません。第二に、プレイヤーはひとつの場所にひとりのアバターしか置けません。当たり前のことですが、ログアウトしたアバターは表示されません。第三にテレポーテーションが可能になっていることです。別の場所に瞬時に移動できるシステムのため、移動による混雑や人ごみという場面が作られません。濱野氏は「セカンドライフは空間的にはリアルなのに、距離や移動になると非現実的です。これでは通過点(地域)と言うものが存在せず、人気のあるエリアと無いエリアの差が大きくなるだろう」といいます。
つまり、セカンドライフで賑わいを演出させるためには、セカンドライフの特性を理解する必要があります。濱野氏は「大都市をセカンドライフで再現するというのはとんでもない愚考です。巨大な建物が立ち並ぶ場所に数十人しかいないことになり、非現実的です。セカンドライフと相性の良い仕掛けは、狭い空間で時間を限定して集まる"シークレットパーティ"などでしょう」とまとめました。
つまり、仮想世界の賑わいを演出するもっとも良い方法は、時間と場所を限定して「このときだけしか楽しくない」という状況を作ることです。あるいは、Twitterやニコニコ動画のように、擬似的な同期性を取り入れて賑やかにする必要があります。仮想空間内でステージイベントや動画チャットイベントを作ったり、NPCやボットを多数配置したり、動画のように始まりと終わりがあって、一定の時間の流れのあるアトラクションを用意し、時間差があっても参加できるようにします。レースサーキットやライド方アクションなどでしょう。そこに、ログインしていないアバターも参加できるようにします。
実例として濱野氏はレースゲーム「マリオカート」のゴーストモードを挙げました。マリオカートでは自分のタイムアタックを保存しておき、半透明の"ゴースト"として表示できます。この仕掛けのおかげで、プレイヤーは自分自身と競争できます。ひとりきりでタイムアタックをするより励みになることでしょう。
濱野氏の同期性/非同期性のキーワードを当てはめると、セカンドライフが盛り上がっていない印象を与える理由がよくわかりました。同期型イベント、擬似同期型イベントという仕掛けは、実はリアルな生活の中にもあります。閑散としたショッピングモールですが、月に一度の特売デーには大勢のお客さんが集まる。という状況に似ています。また、セカンドライフ自体のニュースは毎日どこかのニュースサイトで見つけられますが、ほとんどが「区画を作りました」「建物を用意しました」「企業が参入します」という類のものばかり。「ユーザーがこんなイベントを開催した」など、期間や空間を限定したイベントのニュースがほとんどありません。
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■時間軸というテーマに開眼
濱野氏のお話には、仮想空間ビジネスの重要なヒントを感じました。この時間軸というキーワードに留意して、myspace.comやスプリュームを見直すと、たしかに仮想空間ビジネスには新しいチャンスが眠っているような気がしました。ただ、こうした時間軸を利用した取り組みは、MMORPGではユーザー獲得の手法としていくつも事例がありそうです。講演のテーマの続きを探してみたくなりました。