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土本
11月10日。新作ソフトのメディア向け発表会、「KADOKAWA GAMES MEDIA BlkRIEFING 2015 AUTUMN」が行われました。安田さん、おつかれさまでした。会場は大盛況でしたね。
安田
おかげさまで無事に終えることができました。土本さんのインサイドをはじめとして、その後も多くのメディアで扱っていただいて、今は一安心しています。
平林
やはり、安田さんのように経営者(社長)とゲームプロデューサーを兼ねているというのは「強いな―」と思いました。進行役をつとめながら、ソフトのディテールも安田さんが一気に説明されたので、つくり手の声が直接響いてくる印象がありました。
安田
いやー、そう言ってもらえるとうれしいですね。ですが、ある方から痛いところを指摘されたんです。スタンドマイクがあるのに手持ちのマイクを使って話している場面があったみたいで「マイクが多すぎる!」と笑われました(笑)。
土本
ところで、イベントを終えてしばらく経ったわけですが、メディアに載らなかった「いい話」って何かありますか?
安田
ご存知のように『ルートレター』は島根を舞台にしたミステリーアドベンチャーゲームですが、ゲームに登場する地元の方々が東京の会場に駆けつけてくださったのはうれしかったですね。
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※島根県庁の職員も発表会に駆け付けた
平林
『ルートレター』には島根県の方たちが多数実名で登場なさっているんですよね。
安田
はい。基本的に実名を使うことを方針にして開発しました。
平林
映画やテレビドラマ、ゲームもそうですがフツーは実名は使いませんよね。「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」とクレジットを入れるくらいですから。
安田
今作ではあえて実名にこだわりました。そもそも『ルートレター』はゲームの力で島根県を世界にPRできないか? と島根県庁の友人から相談を受けたところからスタートしました。島根をアピールするわけですが、このゲームを単なる名所ガイドにしてはいけないと思ったんですね。どこの土地に行っても、やはり魅力があるのは人じゃないですか。島根県で生きている人たち……当事者が生きている世界を描きたいと思ったんです。
平林
観光名所はシンボルとして目立ちますが、意外と心に残らないものです。自由の女神像が大好きになって、またニューヨークに行きたいとは思わないものです。けれどもニューヨーカーたちの何気ない日常に溶け込むことができると、その街が恋しくなる。そんな感覚、ありますね。
安田
そうですね。さらに私は島根県松江市の出身なので、地域の事情をよく知っています。名所以外の場所でも、ここを舞台にするとリアリティが生まれてくるというアイデアがあったので、そういう場所を選んでみたんです。
平林
松江を知っているからこそ選ばれた場所とは? たとえばどんな場所ですか?
安田
たとえば「まるこし」です。
平林
「まるこし」?
安田
松江の高校生が通う駄菓子屋さんのようなお店です。部活帰りにお腹を空かせた高校生がオムソバを200円で食べられるような軽食のお店ですね。この「まるこし」のおかみさんが『ルートレター』に登場します。他にもありまして……
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※まるこし外観
松江の学生たちが利用する軽食屋。お小遣いで手軽に食べられる値段設定から学生の社交場となっている。
平林
どんなお店ですか?
安田
「中村BAR」。
平林
そのお店も知りませんね(笑)。
安田
東京では無名ですが松江では有名なんです。有名というか松江の著名人や郷土愛を持った人が集まるプラットフォームのようなバーです。
平林
プラットフォーム。文壇バーという言い方がありますが、そんな感じでしょうか? 同じ価値観を持つ人が集まるサロンのような存在。
安田
そうです。店内には松江市がどういう歴史を歩んで来たのか を記録に残した硬派な本なども置いてあって、地域の未来を語り合うような素敵な空間ですね。このバーのオーナーも『ルートレター』に登場しています。発表会の会場にも松江から駆けつけてくれました。
平林
まさに実名の力で、皆さんが我がことのように思ってくださっているんでしょうね。
安田
はい。ほかにも松江のテニスコートの近くにある女性が集うカフェ「ウォーターワークス」なんていう店も登場します。安来さんという方ですが、この店のオーナーも発表会に来てくださいました。
平林
ところで、「地元の方々がゲームに登場」ですが、具体的にどうやって開発を進めていくんですか?
安田
まずその方たちの写真を撮影します。そして東京で原画を作成し、ご本人の許諾をいただいたうえでゲームキャラクターにさせてもらっています。
平林
当たり前のことですが、ご自身とご自身のお店がゲームに登場するとなると真剣になりますよね。許諾はスムースに進みましたか。
安田
はい。おかげさまで『ルートレター』のプロジェクトは、開発段階から地元のメディアで取り上げられていたので、ある程度の知名度はありました。加えて県庁からゲーム製作に協力するようにバックアップしていただいたので、交渉はスムースに進みました。個人経営のお店だけではなく、地元の電鉄会社・一畑電鉄、テレビ局・山陰中央テレビなどの企業さんも、積極的に参加していただきました。日本初の夫婦ともいわれるスサノオノミコトと稲田姫が、新居を構えたとされる八重垣神社も実名で登場します。
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※一畑電車
山陰唯一の私鉄。島根県ではバタデンの愛称で親しまれている。
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※八重垣神社
スサノオノミコトと稲田姫が御祭神。松江市南方の山沿いにある縁結びの神社として知られている。
平林
一部の人がゲームづくりに協力しているというよりは、県を挙げて協力してくださっているんですね。
安田
それは実感しますね。発表会の翌日、地元のテレビ局・山陰中央テレビさんが「みんなのニュース」という報道番組で5分間以上の時間をとって報道していただきました。
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※山陰中央テレビ「みんなのニュース」より
平林
私もその映像を見せてもらいました。ヘッドラインは「ゲームで島根を世界に発信」でしたね。名所ではなく人にスポットを当てる、そして実名作戦。成功じゃないですか!
安田
はい。原則は実名ですが、一部名前を変えている場所もあるんです。「神代そば」という松江の名店があるのですが、ゲーム中に架空のメニューが出てくるため店主と打ち合わせをして「神在庵」と店名を変更することにしました。あとはゲームのおもな舞台となる高校です。じつは私の出身校である島根県立松江南高校を登場させたかったのですが、ある事情があって、架空の名称「島根県立松江大庭高校」にしました。
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※松江市の名店「神代そば」をモデルにした「神在庵」。
平林
ある事情ってなんですか?
安田
じつは、ゲームの設定において登場人物には実際とは違うデザインの制服を着せることになったんです。協力してくださった母校の現校長先生にこのことを伝えるのは、さすがに気が引けました。それでも快諾いただいて、本当に頭が下がる思いです。
平林
私が知るかぎり、日頃はゲームと関係ない生活をしている人に「ゲームの題材にします」と言っても、理解されないことがまま起こります。さらに、実名使用となるとどんな名前でも権利関係で手こずるものですよね。ですが、島根県と『ルートレター』はきわめて特別なケースです。ちょっと大げさですが、ゲームと地域社会の新しい関係が生まれたようで、わくわくします。私も約1年ぶりに島根県に行きたくなりました。