正確に言えば、道路を挟んで向こう側が川越市内という場所なのですが、最寄りは鶴ヶ島駅であり、川越市の外れなので気持ちは鶴ヶ島市民です。なぜ急に街の話をしたかと言うと、本稿でお勧めしたいサウンドノベルゲームの傑作『428 ~封鎖された渋谷で~』が街を舞台にしているから。
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本作は数々のサウンドノベルゲームを手がけたスパイク・チュンソフトよって2008年12月に発売。これまで様々なプラットフォームに展開され、多くのプレイヤーから高い評価を得てきました。最近では10周年を迎えた2018年9月6日にプレイステーション4/PC向けとしてパッケージ版、ダウンロード版が発売されました。
■ストーリー
本作は渋谷を舞台に巻き起こる空前のサスペンスを、5人の主人公とそれを取り巻く人々の行動を通して描きます。様々な立場の主人公のストーリーが互いに交差し、連鎖していくため、プレイヤーの選択が別の主人公の未来にも大きな影響を与えます。
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ひとりの主人公の選択が、他の主人公を窮地に陥れたり、あるいは救ったり、刻一刻と変化する状況に対応して、正しい選択肢を選びながら物語を読み進めていく息もつかせぬドラマが魅力です。
■無数の未来から正しく選択せよ
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渋谷署管轄内で起こったひとつの誘拐事件が、世界を震撼させる大事件に発展した1日。プレイヤーは熱血刑事、渋谷のチームの元ヘッド、ウイルス研究の第一人者、敏腕フリーライター、そしてネコの着ぐるみと、本来ならば交わることが無かったはずの5人の物語を追いかけていきます。本作ではエンディングは一つではなく、プレイヤーの選択によって様々な結末を迎えます。
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例えばプロローグは、刑事・加納の視点から始まりますが、誘拐された姉の身代金の受け渡しで渋谷駅ハチ公前にて容疑者を待つ大沢ひとみを見張っていると、突然彼女に近づいてお金が入ったキャッシュケースに手を伸ばした、渋谷のチームの元ヘッド・亜智を取り押さえる展開になります。
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しかし、亜智は犯人と関係が無かったため、加納がその取り調べを担当している内に事件は解決へと向かい、何もすることができなかったことを悔いた加納は退職を決意します。このオープニングのバッドエンドを回避するには、亜智の視点で時間を遡り、ひとみのキャッシュケースに手を伸ばさない選択肢をしなければいけません。
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また、別の場面では、加納が先輩刑事の笹山に渡された画期的なダイエット飲料「バーニング・ハンマー」を飲んで卒倒したため、バッドエンドを迎えます。
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こちらを回避するには、飲料を配っていたネコの着ぐるみ・タマの視点で、笹山に渡さない選択肢を選ぶ必要があります。
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このように5人の主人公の交差・連鎖するストーリーを並行して進め、何度も時系列を行ったり来たりしながら、正しい選択肢を選んで進めていきます。サスペンスの緊迫感に加えて、随所に見られるユーモアのバランスの絶妙さが特徴的です。
■街という概念~聖地巡礼~
本作は実際の街を舞台に描かれる実写ドラマのようであり、そこにリアリティーを感じる人は多いと思います。人口密度が高く、若者の街というイメージの強い渋谷が持つワクワク・ドキドキといった期待感は、「何が起きてもおかしくない」といった説得力を持っています。
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しかし、これは物語のテーマに沿って渋谷を選んだだけで、アニメやゲームの舞台となった地を巡る“聖地巡礼”がありますから、どの街も舞台になり得るわけです。街に住む人々が各々の生活スタイルに合わせて決まったスケジューリング通りに行動するある種同じ風景が、何かの事件によってガラッと変わって予想が付かなくなる緊迫感。それこそが本作に限らず、街を舞台にする作品の醍醐味と言えます。
■鶴ヶ島は物語の舞台になり得るのか?
どの街も舞台となり得る。それを検証するため、地元鶴ヶ島を紹介しつつ、物語の可能性を探ります。
本作の舞台は渋谷駅ハチ公前から幕が上がりますが、鶴ヶ島で会った場合は鶴ヶ島駅西口石像前になるのでしょうか?そもそもロータリーで、待ち合わせ場所ではありません。やはり人が集まる場所にヒントがある気がします。
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というわけで、やって来たのが「鶴ヶ島市立中央図書館」。図書館はその街の色を知るもってこいの場所ですし、大小イベントを開催しているので生活の一部に組み込んでいる住民も少なくないです。しかし、ある種憩いの場なので、ここで事件は起きて欲しくないなと思いました。
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それなら、鶴ヶ島が誇る観光資源の「雷電池(かんだちがいけ)」はどうでしょうか?4年に一度オリンピックと同じ年に開催される「脚折雨乞」は、国選択無形民俗文化財、市指定無形文化財にも指定された江戸時代から続く行事です。
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4年に一度だけ、長さ36メートル、重さ3トンもある「龍蛇」を作って雨乞いを行う舞台となるのですが、それ以外は自然公園のような立ち位置で住民の憩いの場となっています。ただ決して、外に向けたお祭りではなく、雨乞いの“神事”の舞台ですから作品の舞台にするのは制約も多そうですね。
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次は酒屋「キングショップ誠屋」へ。普段は取材で地元にはほとんどいない筆者ですが、日本酒が大好きなので地元にいる時はこちらによく足を運びます。今でも社長自ら日本中の蔵を訪ねて良い日本酒を仕入れてきます。
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「くどき上手」や「真澄」など都内でも、入手が難しい銘酒が揃っています。大好きな場所なので舞台になって欲しいなと思いますが、事件は起きないで欲しい(切実)。
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結局の所、事件が起きて欲しくない思い入れのある場所ならば、舞台にふさわしいのかもしれません。ネタばらしになってしまいますが、実際にこれらの場所を舞台にしたライトノベルを筆者は書きましたから(シリーズになっていて、一部商業出版されています)。やはり、街を舞台にした作品の面白さは、作り手の愛着の深さあってこそだと想います。
■ボーナスシナリオ
最後になりますが、本作は数々の小説やゲームシナリオなどを手がけてきた北島行徳氏がメインシナリオを手かげていますが、ほかにボーナスシナリオが2つあります。
『かまいたちの夜』などで知られるミステリー作家の我孫子武丸氏が担当する「鈴音編」。こちらでは、亜智の妹である高校生の鈴音が活躍します。
もう一つは、『Fate/Grand Order』で知られるTYPE-MOONが担当する「カナン編」です。アニメ絵で、奈須きのこ氏が描く傭兵の少女カナンが活躍します。今後2度と実現しないような豪華な顔ぶれのシナリオが詰め込まれているので、一度手に取って頂ければと思います。筆者は正月の休みに一人でじっくり遊んだのですが、良質な映画を観ているような感覚でした。
雷電池撮影:北村 佑介(@KEY8969)
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