初夏ですねー。陸上も水中も、いよいよ生命が華やぎはじめる季節です。ほんの2~3ヶ月前まではすっかりその姿を消していた虫たちが、何事もなかったかのように蠢くようになりました。
陸にはテントウムシやハンミョウが、空には蝶やトンボが。そして水の中には「ゲンゴロウ」をはじめとする水生昆虫たちが、生き生きと泳ぎ回る姿を見せてくれています。…リアルでも、『あつまれ どうぶつの森(以下、あつ森)』の世界でも!
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もっとも水中生活に特化した昆虫!
さて、水生昆虫というワードが登場しましたが、これは文字通り水中で生活する昆虫のこと。
一般的にはタガメのように一生のほとんどを水中で過ごすものを指すことが多いですが、ゲンジボタルやトンボのように幼虫の間だけ一時的に水へ依存する昆虫も、この期間のみを水生昆虫として扱うことがあります。
なお、今回紹介する「ゲンゴロウ」は蛹の期間を除いた生涯のほとんどを水中で生きるタイプ。しかも、数ある水生昆虫たちの中でも、とりわけ水中生活に特化した進化を遂げた存在でもあります。
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まずはなんといっても体型です。ゲンゴロウは上から見るとラグビーボールのような、そして横から見ると柳の葉のようなシルエットをしています。要は頭とお尻がすぼんだ流線型なのですね。質感もスベスベで、いかにも水を切りそう。
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これにオール状の脚が付いているわけですから、水の抵抗を受け流して泳ぐには最適な体型だといえるでしょう。
他の動物でいえば、やはり遊泳能力に長けたオサガメやウミガメにも通じるデザインです。
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実際、水中での挙動は魚顔負け。オール状の後ろ脚をシャカシャカと動かして素早く、それでいて小回り自在に泳ぐのです。
他にもガムシやタガメなど、水中を泳ぐ昆虫はいろいろいますが、泳ぎの達者ぶりではゲンゴロウが頭ひとつ以上は抜きん出ています。
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もともと陸上で生活していた昆虫が水中へ適応した姿として、ひとつの完成形、到達点とも思える秀逸さです。
ちなみにゲンゴロウは肉食性で、小魚やオタマジャクシ、ヤゴ(トンボの幼虫)などを食べます。ただし、泳ぎにばかり特化したためでしょうか?獲物を取り押さえるパワーや大きな爪・牙などはもたないため弱った小動物や死肉を狙うことも多く、水中の掃除屋としての働きも知られています。
なお、肉食なのは幼虫時代も同じなのですが、幼虫は成虫に似ても似つかないイモムシ、あるいはムカデのような体型です。彼らは泳いでエサを探すというより、水草などにつかまって目の前を通過する獲物を待ち伏せし、大きなアゴで捕らえるという、より獰猛なハンティングスタイルをとります。
たっぷり栄養をとって大きく育った幼虫は、なんとわざわざ水から陸へ上がり、さらに地面に穴を掘って地中で蛹になります。この幼虫が上陸して蛹が羽化するまでの数週間のみが、ゲンゴロウが生涯で唯一まとまった時間を水の外で過ごす期間なのです(※衛生のために翅を身体を乾かしたり、池から池へ飛翔するなど、短期間だけ水から出ることはままあります)。
実は食べられる!?
そうそう。個人的な話で恐縮なのですが、数年前にタイの市場を覗いた際に衝撃的な光景に出くわしました。
なんと、大量のゲンゴロウをナンプラーで炒めたものが山盛りで販売されていたのです。
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昆虫食文化の色濃い東南アジアの山間部では、ゲンゴロウも食用になっているのです。食べ方は硬い翅と脚をもいで、残った身体をバリバリとやります。
現地ではスナック感覚の食べ物だそうですが、独特の苦みがある上、鮮度の問題なのか煮干しのワタのようなニオイがツンとして…。なかなか好みが分かれそうなお味でした。
ゲンゴロウまで食べるとは、これぞ食のディープアジア!と驚いたものです。しかし、よくよく調べてみると、なんと古くは日本でも一部の内陸地方ではゲンゴロウ類が食用にされていたのだとか。
しかし、それは当時は腹の足しになるほどまとまった量のゲンゴロウが簡単に採れていたということのあらわれなのです。
豊かな水辺を必要とするゲンゴロウは開発に非常に弱く、現在では環境省により絶滅危惧種II類に指定されるほど、その数を減らしています。とてもたくさん採って食べようという発想はできません。
いつか日本の水辺に自然が戻り、またかき集めて食べられるほどのゲンゴロウが湧いてくれると嬉しいのですが…。いや、やっぱり食べるのはもういいです……。
『あつ森』博物誌バックナンバー
■著者紹介:平坂寛
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Webメディアや書籍、TV等で生き物の魅力を語る生物ライター。生き物を“五感で楽しむ”ことを信条に、国内・国外問わず様々な生物を捕獲・調査している。現在は「公益財団法人 黒潮生物研究所」の客員研究員として深海魚の研究にも取り組んでいる。著書に「食ったらヤバいいきもの(主婦と生活社)」「外来魚のレシピ(地人書館)」など。
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