◆『ヘブバン』は口コミ的に広がっていける話題性の“塊”だった
『ヘブバン』が登場した2022年当時、国内のスマートフォン向けタイトルでは『ウマ娘 プリティーダービー』『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』のほか、『Fate/Grand Order』『モンスターストライク』『パズル&ドラゴンズ』などが相変わらず強い時期。
海外タイトルは『原神』『ブルーアーカイブ -Blue Archive-』が特に強力で、この時期から既に多くのプレイヤーたちが触れている。同じスマートフォンRPGの観点で見るとそれらは純粋に競合タイトルだったろうし、素人目から見ても『ヘブバン』の成功は初動だけのもの、そう考える者は少なくなかった。
だが、いざゲームがリリースされてみると、麻枝氏による起伏に富んだ突拍子もないギャグノリや、選択肢における細かすぎる会話分岐、「ドラマチックRPG」の名前に負けていないストーリー体験が、徐々に口コミ的な広がり方を見せていく。
メディアもその話題性から積極的に取り上げるようになり、ヘブバンフォロワーは確実にその数を伸ばしていった。結果的に“初動だけの成功者”では終わらず、近年稀に見る新規IPの成功例として注目を集めた。
サービス開始直後におけるライトフライヤースタジオの動きも素早い。運営は次回アップデートの情報や、ゲームの改善施策、キャンペーンなどの情報発信を絶え間なく行い続けてサポートし、フォロワーをしっかり定着させている。
これはゲームの配信前から実施されている公式生放送「ヘブバン情報局」という情報発信の土台が存在としても大きい。ゲームの配信直後から「ホロライブヘブバンWEEK」と題したVTuberの配信企画も早々に行われていた。
「ヘブバン情報局」は、プロデューサーである柿沼氏に加えて、メインキャストの前川涼子さん、天海由梨奈さんらの3人で進行する公式の情報番組だ。月に2、3回の発信と、運営型タイトルの情報番組にしては異様なペースで実施され、プレイヤーたちにとってもある種のメインコンテンツと化していった。
泣きゲーブランド・Keyの存在感も『ヘブバン』というIPを大いに牽引している。Key作品の古参ファンから、SNSの話題を目にして始めた新規プレイヤーたちが交流する、プレイヤー主導のファンコミュニティが複数誕生。古参と新規が対立することなく、同じ“麻枝准の物語”を触媒にして溶け合った結果、現在の根強く活発なヘブバンプレイヤーの層が凝固して生まれている。
さらにキャラクターやストーリー以外にも“楽曲”が強い。こちらも作詞・作曲を麻枝氏が自身で行っているのは有名な話だ。アーティストにはやなぎなぎ、鈴木このみ&XAIのツインボーカルバンドと、ゲームを構成する副次的な要素にしてはあまりに高い訴求力を持つ。
その麻枝氏の音楽性がコンテンツの柱になっているのは言うまでもない。実際、筆者の友人は楽曲から『ヘブバン』デビューを飾ることになった。しかも、現在では「ライブモード」を経由して多くの作中楽曲をリズムゲームとして遊べてしまう。
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ライトフライヤースタジオの間口を広げた幅広いプロモーション展開によって、『ヘブバン』はその存在感を大きく強めていた。ゲームに内包されている一つひとつの魅力的な要素を、販促するためのファクターとして全面的に打ち出してきている。
推し活需要を狙ったさまざまなキャラクターグッズの販売、人気声優によるラジオ番組、アーティストの「Animelo Summer」出演、コラボカフェや街頭広告...etc。やれることはなんでもやりつつ、ファンコミュニティが盛り上がるような方向性を目指す。
特に近年から続いている推し活需要による効果は、運営型タイトルの『ヘブバン』とも相性が良い。ファンの推し活への熱量を見越し、全47人+1頭もの部隊員キャラクターたちの多彩なグッズ展開を用意する。ゲームではそれら部隊員キャラクターにスポットを当てたコンテンツが毎月登場し、プレイヤーも推しキャラクターをより推せるようなサイクルが続いている。
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新キャラクターをほとんど出さず、既存のキャラクターたちを深掘りし続けていくビジネスモデルは、音楽ゲームやアイドルゲームで頻繁に見られるメジャーな手法だ。いわゆる偶像崇拝に通じる、「推し活」を基軸とした“キャラクター商売”である。
麻枝氏のキャラクターたちは皆一筋縄ではいかない奥深さがあって、作中での意外なキャラクター同士の組み合わせが、また新たな推しの魅力を創出していく。その相性の良さに筆者もやられたわけだ。
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中でも筆者の推しは「第31X部隊」に所属するロシア出身の「シャルロッタ・スコポフスカヤ(シャロ)」だ。根暗で寂しがり屋でヤンデレで、茅森の正妻ポジションの座をいつも狙っているストーカー気質な少女である。
念願の最高レアリティが実装された際には、それが嬉しくてわざわざ記事化したほど。記事は思いの外反響があり、“Yhaoo!ニュースでライターが暴走している”だとか当時は言われてしまっていたが、それはそれで懐かしい思い出。
その後の第2弾として寄稿した【『ヘブバン』にシャロの季節がやって来た!ヴァンパイアシャロにシャロオンリーのシャロガチャとゲーム内はシャロずくめ。最近のシャロについて語り尽くす】では、シャロの未知なる部分について触れている。それこそ、意外なキャラクター同士の組み合わせで創出された、シャロの新たな魅力に迫る内容だった。
だが、ここで疑問を投げかけて考察した内容について、まさかゲーム側がアンサーを指し示すかのように描写するとは思っておらず、記事公開後とその当該エピソードのタイミングから冷や汗が出たものだった。書き手としては読んでくれた読者に対し、その答え合わせのタイミングになって良かったと、前向きに考えている。
『ヘブバン』は、これまでゲームの魅力と外部への話題性をファンが自主的に併用することで、知らないユーザーへの訴求活動に繋げる好循環を生み出してきた成功例だと思う。たとえばインフルエンサーの投稿や人気Vtuberによる配信企画、TVCMの放映、IPコラボなど。ゆーげん氏も自身のアカウントで積極的に『ヘブバン』のイラストをあげていたのは話題にしやすいポイントだった。
作中ガールズバンド「She is Legend」で人気アニメソング歌手である、鈴木このみさんを起用したのも人への話題に繋げやすい。ただ、こういった施策のほとんどはどこの企業でも話題作りとして行うことから、別段珍しくはないと言える。
ではなぜ、『ヘブバン』は同じようなやり方をしつつも成功できたのか。それはプレイヤーの期待値を超える妥協なきクリエイティビティが、間口を広げた市場戦略に伴っていたから、と勝手に推察している。ライトフライヤースタジオとKeyの真っ当な努力の賜物。
ゲーム以外にもありとあらゆる娯楽が溢れた今の時代、それでも「良いものは良い」と納得して商品を手に取るユーザーは決して少なくない。企業やクリエイターの努力が正しく評価され、今の時代に合った売れ方をしていると思えてならない。
『ヘブバン』の過剰な作り込みは、「他人からおすすめされる」という微妙に触れる気を失くす勧誘が、逆に触れた者にとってギャップを生み出すスパイスでもある。ただ、勧誘するファンも人におすすめされることの微妙な感覚を知っているので、あくまでネタバレは避けつつ、自身が得た感情的な体験や推しの魅力を、世間での話題性と合わせて紹介することで、それとなく知り合いに勧められる。
特に「Angel Beats!」コラボでは、外部への話題性もさることながら、続編が一向に出ないPCゲーム版『Angel Beats!』に代わって、コラボストーリーで「Angel Beats!」キャラクターの過去を掘り下げるパワープレイを見せた。ついにはコラボストーリーの中で、出ない続編について自虐ネタまで披露している。
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麻枝氏の大胆さにはいつも恐れ入るが、人におすすめする上でこれほど惹きのある話題の見出しはそうない。知っている人はそれだけで興味をそそられるだろうし、『ヘブバン』はストーリー主体のRPGとして、おすすめされた人の期待値を超えるポテンシャルが高い。
異様なスピード感で幅広いコンテンツ展開と、話題性の確立、根強いフォロワー数を獲得してきたKey&ライトフライヤースタジオの手腕は、評価せざるを得ないところだ。しかもライトフライヤースタジオはKeyの監修と、プレイヤーたちの絶え間ない要望に挟まれ、もみくちゃにされながらも柔軟に応え続けてきた。
モバイルゲームの運営が難しい時代、最初の1年間はどんなタイトルでも、市場に存続できるか否かが問われてくるだろうから、開発チームとしても心休まらない期間だったのではなかろうか。献身的な努力もあってか、Sensor Towerが公開したレポート【2022年日本のモバイルゲーム市場インサイト】では、「収益成長量ランキング」「ダウンロード数成長量ランキング」共に1位を記録した。
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また、『ヘブバン』が好調に推移し続けたことはグリーの決算資料でも説明されている。ゲームとしての評価では「Google Play ベスト オブ 2022」を受賞するなどして、大きな実績を残すことに成功している。
ここまで評価され、3周年もゲームが続けられるとは思っていなかったが、プレイヤーならばやはり嬉しい。運営の立ち行かないゲームが増えてくる中、『ヘブバン』は令和における国産新規IPの希少なヒット作だ。
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3周年を迎えた現在も新たなプレイヤー層を取り入れるための施策がゲーム内外で続けられている。既存プレイヤーにも嬉しいキャンペーン施策や、TVアニメ「ガールズバンドクライ」作中ガールズバンド「トゲナシトゲアリ」と、『ヘブバン』の「She is Legend」による対バンライブなどは、外部への話題としても大きなトピックだ。
しかしながら、Key作品ではない外部IPとの絡みはこの対バンライブが初めて。これからも熱量の高いファンと新しい試みを掛け合わせることで、口コミ的に広がり続けられるプロモーション展開を続けていくのだろうか。