11時15分から行われた「The multilingual audio mystery tour」では、スペイン、イタリア、アメリカ、フランス、ドイツのローカライズ関係者が集まり、ゲーム内の音声を多言語で効率良く収録するための様々な工夫について議論がなされました。
近年、特にAAA級タイトルではローカライズされた音声に関しても市場から期待されるクオリティが高くなり、さらに開発パイプラインの中で作業にかけられる時間も限られ、その上で「Simship (simultaneous ship = 世界同時発売)」とコストの削減という相反するデマンドに対応するため、アセットマネジメント(素材管理)が極めて重要になってきています。
このセッションでは仮想のタイトル「Mystery Project」を想定し、オリジナルの日本版から英語版、そしてFIGS版(French、Italian、German、Spanish)へと作業を進める場合の企画から完成までの各プロセスを各スピーカーが解説しました。
■作業着手前に必要な情報
これは今までにも様々なローカライズ関連のセッションで言われていることですが、改めて強調するように以下の点が挙げられました。
・翻訳データのファイルフォーマット、入出力の仕様
・セリフごとのト書き
・ジャンル、ストーリー、GDD
・全体のスケジュール、バッチ(全体を何回かに分ける場合のそれぞれの固まり)の出るタイミングと量の見積もり
■声優マネジメント
海外では多くの声優が組合に所属していますが、労働時間や支払い条件、バケーション、CMなど音声の2次利用に関する制約が厳しく、敬遠する開発会社も多いとの事。非組合員でもクオリティの高い声優が増えてきているため、そちらを利用する方向にシフトしてきているそうです。また、著名人を起用する場合、彼らも組合に所属することになるため、原作物など必然性が無い限り使わない事を薦めます、との事。フランスでもゲームに出演する声優が増え、クオリティが高くなってきている事、また、ドイツには声優の組合は存在しない、などといった話も紹介されました。
■キャスティング
US版の場合、メイン級は日本版のキャスティング、さらにキャラクターの設定、背景などを考慮し、可能な限りオーディションを行います。サブ級は事務所や個人が配布したりネットで公開しているサンプルボイスを基準に選択、FIGS版の場合はUS版のキャスティングに準拠することがほとんどだそうです。前述したバケーションの有無、リスケジュールの可否も重要な要素になります。
■収録作業マネジメント
キャラクターの数、性別、キャラごとのワード数、ファイル数、エフェクトの有無などをチャート化し、作業に関わる人間で情報をシェアする事が重要です。また、収録の際にはプロデューサーを同席させ、スクリプトやスケジュールの変更など、予算や全体のスケジュールに影響するような意思決定が迅速に出来るようにします。
■スクリプティング
スラングや訛り、性格付けなどは想定されるプレイヤー層に合わせて調整、各国で作られている映画はとても良い参考資料になります。当然、尺の制限、リップシンクが必要なセリフなどを考慮した翻訳が必要になります。
■スタジオへ
収録が複数回に分かれる場合、収録スタジオや機材、ツールなどの環境を記録、統一します。複数のテイクがあった場合にどのテイクを生かすのかをきちんとトラッキングすることも忘れずに。
■収録作業
収録時には映像とProtools(音声収録、編集ツール)を事前にリンクさせておき、収録時に声優が映像を見ながら演技できるように、また、可能なら複数の声優を同じタイミングでブッキングし、収録の前にtable reading という事前読み合わせをする、などの準備で音声のクオリティの大幅な向上が期待できます。特に重要なシーン、テンポの良い掛け合いのシーンなどでは可能な限り担当する声優を複数ブッキングする事が望まれます。ちなみに、スペインでは収録の際にディレクターが声優と一緒にブースに入ることが多いそうです。
■セリフのピックアップ、リテイク
仮にスクリプトのミスや事後のユーザーテストなどで追加の音声を収録する必要が生じたとき、場合によってはキャスティングした声優のスケジュールが押さえられない事があります。そういった場合、声の似ている別の声優を使うケースもあるそうです(とあるフランスのゲームの場合、大半のプレイヤーには気づかれなかったものの、一部のコアユーザーがその違いに気づいてユーザーサポートに連絡してくる事があったそうです) 特に大きなプロジェクトでは声優のスケジュールをきちんと把握することが極めて重要になります。
■編集、クリーニング、ファイル作成、マスタリング
複数の言語にわたって可能な限り収録環境を近づけ、音量のレベル、ダイナミックレンジなどを統一する必要があります。エフェクトが必要な音声の場合も使用するフィルターの情報を各テリトリーでシェアする事が大切です。収録作業で生じたアドリブなどをエンジニアにフィードバックする事も忘れずに。
■最後に
多言語対応にはやはりプロフェッショナルな知識と経験が求められます。また、ある時はアーティスティックな、そしてある時は技術的なアプローチ、つまりクオリティの追求と冷静な判断も必要になります。各テリトリーで集まったこれらの知識を開発チームにフィードバックし、その重要性、必要性を理解してもらうように働きかけましょう。作業開始から終了まで各種素材を管理し、テキストや音声が全体を通じて統一感を保てるようにする事が重要です。