日下一郎氏が手がけるユニークな表現により展開する本作。目を引くのはやはり、懐かしさを感じさせるそのドット絵の数々です。漫画本編はもちろんのこと、その表紙やタイトルロゴもドット絵で構成されており、しかもファミコンの表示能力に準拠して描かれているというこだわりも光る一作です。
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ですが本作は単なる懐古めいた作品ではなく、ドット絵で描かれることに大きな意味がある漫画でもあります。本作で紡がれているのは「Final Re:Quest」と呼ばれるRPGにて、勇者が魔王を倒してエンディングを迎えた後の世界。つまり、ゲームをクリアし訪れた「めでたしめでたし」から、本作の物語の幕が上がるのです。
昔、本当はどうしようもないボンクラなのに世界を救う勇者やってました。そんな資格はなかったのに世界のみんなが讃えてくれました。なのにそんな世界を捨てて、捨てたことさえも忘れて今、生きています。ファイナルリクエストはそんな僕らのために描いたお話です。よかったら読んでみてください。
日下一郎 Ichirou Kuska (@ichiroukusaka) 2015, 5月 8
ゲームの中で、世界を救う。プレイヤーにとってそれは「ゲームクリア」であり、プレイの終了を意味します。救ったことすら記憶の彼方に押しやって。本作の著者・日下氏は、自身のTwitterアカウントにて「そんな僕らのために描いたお話です」と明かしており、終わったはずの世界を舞台とする物語を生み出しました。
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本作は、開始直後からいきなりクライマックス。勇者「タケル」と7人の仲間たちが、魔王と相まみえる最終決戦から始まります。全編ドット絵で描かれている本作ですが、この下りはさらにイベントシーン的な演出も多く、ドット絵の描き込みも相当気合いが入っています。
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魔王が真の姿を現すといったRPGのお約束も盛り込んだ上で、勇者勢の奥義が炸裂。カッコイイ技からユニークな攻撃まで多彩に繰り出し、派手なグラフィックと共に魔王が打ち倒されます。しかし最後に「私を倒したことで、永遠に悪夢の中を彷徨うこととなろう」(原文は全てひらがな)と言い残し、一行を呪います。
この言葉が負け惜しみではなく真実であったことを真っ先に知ることになったのは、勇者の仲間である老戦士「アソンテ」。エンディングを迎え、スタッフロールも流れた後、ふとアソンテが異変に気が付きます。王や姫が固まったまま微動だにせず、また勇者の姿もどこにもありません。
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平和になったはずの世界。エンディングを迎え、幕を閉じたはずの「Final Re:Quest」。周囲の誰もが止まったままという事態に直面したアソンテは、ともすれば自分の方が異常なのかという疑心暗鬼にも苛まされます。この謎めいた状況を打破しようと考え、勇者を見つけるべく探索を始めるアソンテ。しかしその結果目にしたものは、更に想像を絶するものでした。
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アソンテの目の前に拡がるのは、バグ表示が一面に拡がり、綻びを見せた世界の一端。このただならぬ現状を見たアソンテは、これまでとは違う何かが起こりつつあることを察します。そして迫り来る崩壊から逃れるため城を飛び出し、タケルを探す旅へ出るアソンテ。こうして、忘れ去られた小さな世界の、最後の冒険が幕を開けるのです。
ここまでが本作の第一話となっており、単行本ではこの続きがたっぷり収録されているほか、ニコニコ静画の「水曜日のシリウス」では第一話や最新話を閲覧することができます。この気になる冒険をもっと詳しく知りたい方は単行本を、まず雰囲気や魅力に触れたいという方は、下記のリンクなどをチェックしてみましょう。
■水曜日のシリウス 「Final Re:Quest -ファイナルリクエスト-」
URL:http://seiga.nicovideo.jp/comic/12658
■ニコニコ動画版 第1話お試し
URL:http://www.nicovideo.jp/watch/sm25650540
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本作はニコニコ静画上にて連載中であり、特徴として外せないのはBGMやSEの存在でしょう。こちらも、ファミコンテイストを想起させる音作りが行われており、ドット絵にマッチする曲や効果音が物語を更に盛り上げてくれます。また、動きのある演出なども見逃せないポイントです。
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では音や動きのない単行本は、その分魅力が劣るのかと言われれば、そんなことは決してありません。PCなどを立ち上げることなく、いつでも手軽に読める利便性はもちろんのこと、「Final Re:Quest」の取扱説明書も収録。「使用上の注意」といった、説明書にお馴染みの下りも盛り込むといったこだわりぶりも、ファミコンRPGを楽しんだユーザーには嬉しいサービスです。
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登場キャラクターの詳細や世界地図など、まるで本当にあったゲームの説明書のような出来映え。昨今のゲーム事情として、パッケージであって説明書の電子化が進んでいるため、読み応えのある説明書にはあまり出会えなくなっています。これも時代の移り変わりと言えますが、だからこそ本作に収録された説明書が当時の雰囲気も演出してくれるのでしょう。
ファミコン風のドット絵で物語が進む本作ですが、その表現方法に関しても徹底したこだわりが込められています。
「ファイナルリクエスト」の絵は(ほぼ)ファミコン準拠ですが、描き続けていると、だんだんどこまでを準拠すべきか曖昧になってきます。BGとスプライトを目いっぱいに使えば結構な絵が描けるはずですが、そんな豪華な絵はタイトルやデモ画面がせいぜいで、ゲーム画面としては現実味を欠きます。
日下一郎 Ichirou Kuska (@ichiroukusaka) 2015, 1月 20
ファミコンらしく…といった曖昧な話ではなく、限りなくファミコン準拠の描写基準で絵作りが行われているのです。「3色縛り」といった制限を課しつつ、ここぞという場面では「BGとスプライトを併用(したという設定)」とし、あくまでルールの範囲内で豊かな表現へと挑みます。
このルール作りが、かつて様々な世界を救い、そしてその世界から去っていった多くのユーザーたちの心に訴えかける強力な武器となっているのでしょう。なお基本3色のドット絵での表現は本当に厳しいらしく、「しょっちゅう“MSX2程度の表現は許そうかしら”という気分になるのです」と漏らす一面も。また、準拠するだけと割り切るならばもっと楽にできるものの、「工夫すればこれもいけるんじゃね」と発想が拡がり、「もう大変」と生みの苦しさと向き合ってる様子もTwitterにて垣間見えます。
自らに課す制約と、それを貫くための発想とたゆまぬ努力。日下氏のこの姿勢こそが、本作を魅力的な一作に仕上げている何よりの理由なのかもしれません。
ゲームユーザー、特に数多くの世界を救ってきたRPGファンの方ならば、一度は手にとって欲しい「Final Re:Quest -ファイナルリクエスト-」。今月5月24日には、第一巻の出版を記念するイベント「勇者タケルたちの集い」が行われます。
5月24日ファイナルリクエスト第1巻出版記念イベント「勇者タケルたちの集い」
http://t.co/RmvFI5HqGp
にて全員プレゼント予定の当日限定サントラです。同じものは二度と配りませんので(大変なので)ご希望の方はぜひ! pic.twitter.com/7oOEInVAS9
日下一郎 Ichirou Kuska (@ichiroukusaka) 2015, 5月 16
日下氏や漫画家のまがりひろあき氏、桃井はるこさんなどが登場し、謎に包まれた“ドット絵漫画”の誕生秘話などに迫ります。このイベントに足を運ぶもよし、家でじっくり第一巻を楽しむもよし。本作に興味が湧いた方は、それぞれ好みのスタイルに合わせて、「Final Re:Quest -ファイナルリクエスト-」の世界を楽しんでみてください。
■ファイナルリクエスト第1巻 出版記念イベント「勇者タケルたちの集い」
URL:http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_150420204878_1.htm
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