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「なんということだ…この私がたったXXターンでやられてしまうとは…」
ファミコン『ドラゴンクエストIV』で初登場したエスタークは、1992年にスーパーファミコンで発売された続編『ドラゴンクエストV』で再登場し、都市伝説めいた全国レベルのムーブメントを引き起こした地獄の帝王です。
『DQV』のエスタークはゲームクリア後でなければ入れない隠しダンジョンの最深部で眠りについており、話しかけると戦闘に突入。ラスボスである大魔王ミルドラースをしのぐ強さを持ちますが、倒すと冒頭のセリフのように撃破にかかったターン数を口にしながら消滅します。とはいえ、完全に滅ぼすことはできないのか、ダンジョンに出入りするたびに何度でも戦えるようになっています。
そして、当時のプレイヤーたちの間で、いつしかこんなウワサが飛びかいはじめたのです。「知ってる? エスタークを10ターン以内に倒すと仲間にできるぞ!」と。
結論からすると、これはまったくのデマでした。しかし、まだインターネットがない時代であるにも関わらず、このウワサはほぼ全国のゲーム少年が耳にしたのではないかと思います。また、「8ターン以内」、「5ターン以内」などと、仲間にするためのターン数には若干の地域差があったようです。今回は、なぜこの噂がここまで広まったかを考えてみたいと思います。
一般的に、ウワサや都市伝説といったものは、いくつかの条件を満たせば満たすほど広まりやすくなると思われます。3つほど挙げますと、
- 条件1. 人に伝えたくなる魅力がある/ある種のお役立ち情報である
- 条件2. 真偽の確認を簡単には行えない
- 条件3. 疑わしい面もあるが、同時に真実味も感じられる
というところでしょうか。エスタークにどう当てはまるか、順番に見ていきましょう。
条件1は言わずもがなでしょう。前作『DQIV』でも勇者たちを大いに苦しめた地獄の帝王が仲間になってくれるなら、これほど楽しいことはありません。また、エスタークはラスボスを倒した直後のパーティーだと討伐に30~40ターンかかってもおかしくないような強さですので、条件2もクリアです。10ターン以内に倒すには厳選した3キャラクターを全員最大レベルまで上げるのがスタート地点のようなものですので、なかなか達成はできません。
本作には、モンスター酒場を利用して仲間モンスターのレベルを簡単に上げる裏技もあるのですが、「エスタークが仲間になる(かも)」という情報ほどにはシンプルに説明できる手順ではなかったため、情報の伝達速度や範囲には大きな違いがありました。
そして条件3は、ウワサを信じたくなってしまう背景や要因が四つくらいはあったのではと考えています。
条件3-1:隠しダンジョンの存在そのものがノーヒントだった
本作の隠しダンジョンはシリーズ初登場の要素だったことも手伝い、ある意味このダンジョンの実在自体が「信じがたいけど、本当にある」ものでした。ラストダンジョンの入り口の目の前とはいえ、何の変哲もない毒の沼地の一端がクリア後はダンジョンの入り口になるのですから、ノーヒント・前情報なしで発見したときは大変な驚きでした。
条件3-2:エスタークが撃破ターン数を教えてくれることの意味
短いターン数で倒せば、何かご褒美があるのかな!? と思わず深読みをしたくなってしまいますよね。実際は、単なるやり込み要素だったわけですが! 今回のムーブメントを受けてのことか、本作のあとにスーパーファミコンで発売されたリメイク版『ドラゴンクエストIII』の隠しボス・しんりゅうは、短いターン数で倒すと本当にご褒美をくれました。
条件3-3:当時はちょっとしたオカルトブームだった
本作発売の少し前、1990年頃は小・中学生の間で「人面犬」の噂が広まり、テレビでオカルト系の特番が放送されたり、小学館のコロコロコミックで目撃談という体の読み切りマンガが掲載されたりしました。このウワサも、まったく信じられていないなら広まらずに終わっていたはずです。ウラを返せば、当時はこういうオカルトめいた話が今日よりは信じられやすい風潮にあったといえるでしょう。
条件3-4:『DQIV』の有名な裏技の影響
ファミコン版『DQIV』には「戦闘開始後、8ターン連続で「にげる」に失敗すると、それ以降の攻撃はすべて必ずかいしんのいちげきになる」というバグがあり、発売当時に大きな話題を呼びました。そして、この技を試すなら相手は当然逃げられないボス敵になるわけですが、すでにクリアしていた人は試せる相手がラスボスしか残っていないということもあり、発覚当時はラスボスのデスピサロとセットで語られることも多かったように思います。そこから、『DQIV』のラスボスにあんなネタが隠されていたのだから、『V』の隠しボスにだって……と思い込んでしまったゲーム少年も少なからずいたのではと思います。とりあえず筆者はその一人でした。
そうしたさまざまな要因や期待が絡み、ウワサは全国レベルに伝播。大きなムーブメントを巻き起こしたエスタークは一躍人気ボスとなり、その後も『DQ』スピンオフ作品にたびたび登場したり、シリーズ10作目の『ドラゴンクエストX』にもエスタークを彷彿とさせる「災厄の王」が登場したりと、今日も存在感を発揮し続けています。『DQX』の災厄の王は、実装当初はプレイヤー8人パーティーで挑んでもさらりと全滅させられるほどに強く、非常に思い出深いボスでした。次はどの作品で登場してくれるのか楽しみです。
最後に余談ですが、ファミコン版『DQIV』の8回逃走バグは、その真相に迫る動画「ドラクエ4 逃げ8バグについて、あの人を直撃!」がYouTubeで公開されています。同作のチーフプログラマーであった内藤寛氏が、メインプログラムを担当した山名学氏に電話で真相を直撃する内容となっています。興味がある方は、こちらもチェックしてみてはいかがでしょうか。