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2021年もオンライン開催となったゲーム開発者向けカンファレンスCEDEC2021にて、「『Ghost of Tsushima』のローカライズができるまで」のセッションが実施されました。このセッションはローカライズなどの苦労話でなく、特定のジャンルに関して知見が深くない人が未知のジャンルに挑戦したことを語る内容のレポートをお届けします。
このセッションにはソニー・インタラクティブエンターテインメントのローカライズプロデューサーの関根麗子氏と、ローカライズスペシャリストの坂井大剛氏が登壇しました。
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『Ghost of Tsushima』は2020年7月17日に、PS4向けにSIEから発売されたサッカーパンチ・プロダクションズ開発のオープンワールド時代劇アクションアドベンチャー。ローカライズは一般的な意味で、海外で生まれた製品を他国で利用できることに言語を変えることですが、ゲームにおいては表現をその国の文化に合わせるカルチャライズも必要になります(英語圏独特のジョークを意味が通じるように訳文を一部変更するなど)。
SIEのローカライズプロセスは、開発会社から台本や音声、映像などの素材を管理し、台本を翻訳し音声ファイルの尺を合わせから音声収録を何度も繰り返します。また、素材が届く順番はゲームの時系列順で無いために、仁が侍か冥人寄りなのかを音響監督や役者さんと確認しつつ調整したとのこと。
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音声の収録を終えたらテキスト翻訳が進行し、テキストと音声を合わせたビルドをチェックして完成という手順を踏んでいます。またローカライズ期間は数ヶ月から長いと1年以上ほどかかるようで、『Ghost of Tsushima』の場合は延期やコロナ禍など様々な事情からトータルで1年掛かったと振り返ります。
ローカライズに関し「何よりも重要なのは開発会社が何をやりたいかを知ること」と述べたうえで、『Ghost of Tsushima』においてサッカーパンチの目標を説明しました。ここでは、異国の文化に敬意を払って描写することや、世界中のプレイヤーが楽しみ共感ができること、大人でも楽しめるシリアスな作品にすることの3つが挙げられています。目標を共有できれば、その目標に対してローカライズ側もできる事が増えると加えました。
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またサッカーパンチや米SIE側のプロデューサーから早い段階で、ゲーム内容について日本のチームに相談や協力要請が来たようで、対馬だけでなく日本各地の取材旅行などを行ったとのこと。サウンドチームは野鳥の鳴き声を収録したり、デザインチームはUIの一部を担当したりするなどの連携が図られたほか、ローカライズチームは、貞夫が妻に宛てた手紙などアイテムの翻訳や文章、絵、ミッション開始時のスタンプの確認を担当したといいます。また劇中の手紙について歴史的なリアリティを取ると、ひらがなばかりになってしまいますが、ここでも当初の「時代考証や正確性を優先した歴史レッスンではなく、エンタテインメント」という目標を尊重し漢字交じりの文章にしたそうです。
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ローカライズの方針は「感情ファースト(エモさ)」と「感性と分析の両立」の2つ。本作は感情メインの物語であり、これまでの時代劇も感情を主として描かれていたこと。加えて「子連れ狼」の原作者である小池一夫先生のワークショップへ参加し、要約すると「昔のことなんて誰も知らないから、正解なんて存在しない。面白い事が大事だ」という内容が参考になったそうです。
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また、ブレない軸として「自分の時代劇を作れば良い」という結論に達し、サッカーパンチが参照にした黒澤映画や漫画などをチェックしたとのこと。一方で、時代劇に馴染みのない一歩引いた客観的な視点も持ち合わせたと語ります。他にも、鎌倉時代における武士と庶民の違いなど事実を確認することで、本作の武士と庶民を同じカテゴリとしてキャラ付けするべきでない事がわかったそう。そこからローカライズ方針を設定し、「時代劇っぽさ」と「エンタメとしての楽しさ」のバランスに決まったことで、サッカーパンチの目標と重なりました。
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漢字のスタンプも難しい漢字を使うことを考えましたが、エモさを考慮すると違う事に気づきローカライズ方針に従って現在の文字にきまったとのこと。前述よりエンタメという方向性と感情を優先してのローカライズのためなら何でもOKというわけでなく、明らかにおかしい部分は開発側の了承を得て変更しています。
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ローカライズのチャレンジとして「言葉」と「芝居」、そして「テキスト」の3つを挙げました。この「言葉」に関しては、語り口は現代的にしつつ単語をできうる限り中世日本で使われたものにしようと努力しています。ここで参考に使われたのが小学館「日本国語大辞典」(その言葉が初めて使われた年代が記されている)と、三省堂「古語類語辞典」(現代語で調べると古語類語が書かれている)2つの国語辞典。一方で、時代劇っぽさを表現するため「下文」など比較的新しい言葉もあえて導入してます。
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登場人物は大きく分けて武士と庶民の2チームに別けられ、庶民側は現代っぽさを出していますが、武士側は名誉へのこだわりなどから現代口語とは違う話し方を描いています。また、カットシーンにおける最後の決め台詞などは、言いやすく印象に残りやすい七五調を意識したそうです。
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また洋画っぽくすることができないため、芝居については大いに悩んだとのこと。仁や政子などは役者が決まっていましたが、ゆなや竜三を演じた役者の芝居がゆっくりとしたものであったことに方向性が見えたとも。それは、例えば「ギリギリで生きているような人間を演じる」という部分が本作のテーマ「泥・血・鋼」に一致したことで、「泥臭さ」を指針にしたと語ります。英語版では抑揚を抑えた演技でしたが、それでは伝わりにくく抑揚を強く出し感情を強く伝える「感情ファースト」で置き換えたのだそうです(この方針に変更すれば「ユーザーに感動を届ける」目標に一致する)。
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これだと海外発の『Ghost of Tsushima』を単純にローカライズした「日本語版」という形から逸れてしまいますが、思い切って「日本版」を作ることを意識したと語ります。それらは政子の演技にも反映されており、英語版では悲しみが主ですが、日本語版では強さと怒りがメインです(政子は本来優しい人物なため、常に怒っていれば時折見せる優しさが際立つという解釈)。
また最後のテキスト翻訳については、書き手の教養レベルに応じて漢字の量や日本語のたどたどしさを表現しています。防具の名前も旅人の漢字の類語にすることや、ミッション名も原文ではシンプルすぎることや英語の慣用句を使ったものであったため、百合のミッション名では「在りし日の…」と統一することなどそれぞれ特徴を付けたそうです。
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プレイヤーの感情を揺さぶることに特化した『Ghost of Tsushima』のローカライズ。本作は歴史のリアリティを再現するタイトルでなく、セッションの説明でもある通り、あくまでも映画的なフィクションとして成り立っています。
その目標を理解し、小池一夫先生のワークショップにおいて「昔のことなんて誰も知らないから、正解なんて存在しない。面白い事が大事だ」という事を受け取ったものの、「何でもOK」という方向性に走らず、言葉が使われた時期の裏付けを確認しつつ、読みやすさを意識した翻訳を織り込んだことが本作の高い評価へ繋がっていったのかと思えるセッションの内容でした。
Game*Sparkでは、本作のローカライズを担当した石立大介氏と坂井大剛氏、関根麗子氏へのインタビューも掲載しているので、こちらも合わせて読むとよりローカライズチームへの背景が理解できるのかもしれません。